第4話

『願いを叶える催眠誘導の極意』と綴られたなんとも胡散臭い本だ。

 今日は金曜日で染物教室の日であり、隣の小土間に既にセッティングを終え、生徒が来るまでの僅かな間に、書棚の整理を少ししてしまおうと、梯子に上って上段から新刊を入れるためのスペースを確保するため地道に一冊一冊ずらしている時だった。

「逆さじゃないか」

 一番上の段の見えにくい場所。

 上下逆にしまわれた本を手に取って、その胡散臭そうな題名に思わず眉尻を下げる。

 誰かが読んで、戻す時に逆になってしまったのだろう。

 目の高さにある本であれば直ぐに気が付いたものの、いつから逆になっていたのだか、戻す時はきちんと上下確認してから戻してほしいものだとあれこれ小姑のような小言を心の中で呟きながら正常な位置に戻す。

 そう言えばこの棚を整理したのはいつだったかな。戻した本に手を押し付けたまま視線を斜め上に上げる。

 確か教育に関するプログラミングの本を大量買いした客がいて、在庫を補充しがてらついでに棚の整理をした時だったはずだが。

「先週の……木曜日?」

 翌日の染物教室で使うカセットコンロのガス缶を買ってこないといけないなと考えていた日だったから木曜日だ。

 あの時は上下逆に戻されていた本なんて無かったけど。

 小さく首を傾げながら、まあいいかと梯子を下りかけた時、あっ……と、あることに気が付いた。

 と言うことは金曜日以降に誰かがこの本を手に取ったと言うことになる。

 金曜日と言えばあの少年たちが来た日じゃなかったか。

 そう言えば、場所も確かこの棚の辺りだったはず。

 慌てて下り掛けた梯子を上って先ほど直した本を手で掴む。

「……まさかな」

 そんな都合よく彼らが読んでいた本が見つかるわけないと分かっていても、気になりだしたら止まらない。

 丸山から頼まれていた金太郎の友禅染めもそろそろ仕上げの目途が見えてきたし、あとでチラッと目を通してみるくらいいいだろう。

「おっと、いけない」

 由汰は慌てて梯子を下りると居間に上がって取り敢えずの補食を冷蔵庫から出す。

 キンキンに冷えたブドウ果実のゼリーだ。

 夕飯を食べる時間はないから、教室が終わるまでなんとかこのゼリーで低血糖を防ぐ必要があった。途中で倒れでもしたら格好がつかない。

 先ほどの本をちゃぶ台に置いてから血糖値を測って、それから台所に立ちながら手早くゼリーを掻き込むと、タイミングを見計らったように大戸口から生徒の元気な挨拶が聞こえた。




「護身術?」

 草木染の染液の入った大きな寸胴鍋の中で、煮立たせている布をさえ箸でゆっくりとかき混ぜている由汰の背後で、生徒の一人である女子大生の真理子が、近頃の物騒な事件のニュースなどを織り交ぜながら、護身術の話を興奮気味に披露しているのを後ろ耳に聞いて思わず振り返った。

 七月最終週の金曜日の生徒は四人だ。小土間の中央に置かれた六人掛けのテーブルに各々腰掛けている状態。

「護身術をね、教えてくれるサークルが大学にあるの。あたしそのサークルで今ちょうど教えてもらってて。この時期って変な人とか多いじゃないですかぁ」

 暑苦しそうな長い巻き髪を肩で揺らして、ピンクのツヤツヤなリップをした近所の大学に通う女子大生の真理子は、今時のミーハーなイメージのある元気な女の子だ。大学での専攻はなんだったか、以前話してくれた気もするがよく覚えていない。

「ねえ、護身術ってどんなことをするの? 格闘技みたいなものなのかしら」

 神田すずらん通りで青物市場をご主人と一緒に経営している中年のきみ代が言う。

 ふっくらとした体形で軽快によく笑う気さくなきみ代は、昌子と幼馴染みであり、きみ代のご主人とも古くからの友人関係にある。

 『径』に刑事が聞き込みに来たことを昌子に教えたのはこの青物市場のご主人だ。ついでに言えば顔色の悪さを伝えたのも。

「あら私、以前に少しだけ習っていたわよ。格闘技とはまったく違って、いかに殴り合いになるような状況を避けるかってことが護身術なのよね?」

 と、向かい側に腰掛けて、真理子に同意を求めるのは、近所に住む旦那が定年を迎えたばかりの専業主婦の静枝だ。身に着けている装飾品がどれも派手で高価な物ばかりの噂好きなマダムだった。

 ごく潰しの旦那がいる家にはあまり居たくないのか、この染物教室以外にもいくつか習い事を掛け持ちしているという話だ。

 そんな彼女達の話を黙って聞いているのは、昌子の娘で平多亜香里ひらたあかり。年齢は二十七歳で由汰とも年が近い。

 以前は会社勤めをしていた亜香里は、そこでの過酷な労働時間やセクハラなどから、退職をして数年前から引きこもってしまっている。

 詳しいことは知らないが、以前昌子の誕生日にあげた草木染のスカーフに引きこもりの亜香里が興味を示したことから、外出のリハビリの一環として、月一回のところを特別に月四回教室に通ってきている。

 今では買い物程度なら外出もできるようになった。

 引きこもりになる前も口数の少ない大人しい子だったが、今はそれ以上に無口で表情が乏しい。けれど、毎週遅刻もせず真面目に通ってくるところをみると染物教室を気に入ってくれているらしかった。

 今月の染料はキハダだ。キハダという落葉木の葉を使った草木染めをしている。

 由汰は、友禅染め以外にも三千雄から水遊びと称して、藍染を始めとする多様な草木染も教わった。

 染物教室で友禅染めを教えるには手間暇がかかりすぎるので、簡単にできる草木染を教えている。

 草木染は基本、染料を寸胴鍋などの大きな鍋で煮立たせて色を出す。

 そこに布を投入してさらに沸騰しないように煮詰めて、煮詰め終わったら布を取り出して媒染液に漬け込み完成だ。

 あとは軽く水洗いして乾かせばいい。

 淡い黄色をして、媒染の仕方次第で緑がかったり、茶色がかったりするキハダは草木染の中でも色が出やすく染めむらも少なく発色もいい。

こちらで用意しておいたお弁当箱が入るほどの綿布の巾着袋に、染める前に模様を出すための絞り作業を行う。針糸や輪ゴム、割箸などを使って、丸だったり格子模様だったりと好みの模様を選んで絞る。

あとは寸胴鍋に入れて煮るだけだ。

 夏なので、少し翠がかった爽やかな色合いに仕上がるよう、鉄媒染にする予定だ。

 小土間には、中央に六人掛けのテーブル、壁の隅っこに設置された業務用の大きな流し、カセットコンロを置くためのサイドテーブルが一つ置かれただけの簡易的な作り。

 先ほどの静枝の言葉に対して真理子が一つ大きく頷いて、

「そうそう、基本はそうなんですけど。例えばその他にも家に近づいたら鍵の準備をしておくとか、帰宅ルートや時間帯を時々変えるとか? けど今あたしが習っているのはもっと実践的なことなんですよね」

「へぇ、実践的なことって例えばどんなこと?」

 コンロの火を弱火に切り替えながら適当な合いの手を入れると、由汰が話題に食いついたとでも思ったのか、真理子の声にあからさまな喜びが混じる。

「南先生も興味ありますぅ?! なんならあたし、教えましょうか?!」

 テーブルに両肘をついて胸を強調するように身を乗り出して、積極的にアプローチしてくる真理子に内心で冷めた眼差しを向けながら慣れた笑顔で受け流す。

「いや、僕はいいよ」

「あら、私は是非知りたいけど。例えばどんなこと?」

 好奇心旺盛なきみ代が楽しそうに目を瞬かせる。

「じゃ、あたし実践してみせますね」

 そう言うやいなや勢いよく立ちあがって、由汰の前に駆け寄ってくる。

「あたしと先生で実践してみせますんで、よく見ててくださいね」

 役得と言わんばかりに頬を少しばかり赤らめる真理子に思わず眉根を寄せる。

 あたしと先生でとは、いったい自分に何をさせる気なのか。

「えっとぉ……」

 と、小首を傾げて少し照れたような表情で由汰を見上げるとクルッと背を向けた。

「あたしを後ろから羽交い絞めにしてください!」

「――え?」

「いいから早く羽交い絞めにしてください!」

 背中を向けたままじっと待つ真理子を由汰はしぶしぶ背後から抱きしめた。

「こうでいいの?」

「もっときつく!」

「こ、こうかな」

 言われた通り腕に力を込める。

「もうっ、こんなんじゃ全然ダメダメ! 先生、自分が強姦魔だと思ってもっと必死に抱き着いてくださいよぉ」

 斜め上目遣いに睨まれて、真理子の魂胆があからさまに解かるだけに、胸中で深い溜息を吐いた。真理子の豊満な胸が腕に触れても申し訳ないくらい何も感じない。

 自分がゲイだと知らない彼女は、以前から由汰にあれよこれよと色仕掛けをしかけてきては、事あるごとに触れようとしてくるから、由汰も少々辟易しかけているところがあった。

 面倒臭い半分、申し訳なさ半分だ。

 きみ代たちもそんな真理子の魂胆を知ってか知らぬか面白顔で観覧を決め込んでいる。

「なら、……遠慮なく」

 半ば投げやりに言われるがまま真理子を引き寄せると、こうなったら絶対に抜け出せないように渾身の力を腕に込める。

 念願の由汰先生に背後から抱きすくめられて嬉しそうな声で「苦しいぃ~」と身を捩る真理子が、

「で、ですね、こう言う状態からどうやって抜け出すかって言うと、まず冷静になって相手の胸に寄り掛かるように重心を傾けてから……」

 説明しながら由汰側に真理子の体重がかかる。

「尻もちをつくようにお尻から思い切って座り込むんです」

 こうやって! ――と言った次の瞬間、真理子がすとんっと由汰の腕の中から抜け落ちて消えた。

「あ!」

「わっ!」

 と、方々から歓声があがる。

 抱きしめていた腕が空を掻いて由汰自身思わず呆気に捕られてしまったほどに。

 当の真理子と言えば、由汰の足元で文字通り尻もちをついて座り込んでいる状態。

 ミニスカートで乱れてしまった足元を隠しながら、どうだった? 凄いでしょ? 褒めて褒めてと言いたげな満面の笑みを向けてくるのへ、由汰も思わず苦笑顔を返す。

「確かに凄いね。まさかこんな簡単に抜け出されちゃうとは思わなかった」

「随分あっさり抜け出されていたけど、手加減なさってたんじゃないでしょうね?」

 訝し気に問うてくる静枝に首を振りながら、「本気でやらせていただきましたよ」と肩を竦めてみせた。

 それからと言うもの、布が煮あがるまでのしばらくの間、真理子の護身術談義は続くことになる。

 当然のように強姦魔役をその間ずっとやらされた由汰は、もうどうにでもなれと半ば投げやりになりながらも真理子の講義をなんだかんだで楽しんだ。

 染め上がりは上々だった。

 真理子の談義が思いのほか長引いたせいで時間が押して既に二十二時だ。

「亜香里ちゃん、今日はもう遅いから片付けはいいよ」

 テーブルを拭き始めようとしていた亜香里に声をかけた。

 教室の間、一言も喋ることはなかったが、それでも亜香里自身、真理子の護身術を興味深げによく聞き入っていた。

 教室が終わったあとは、いつも片付けの手伝いを亜香里がかって出てくれていたが、今日は遅くなってしまったし、近所とは言え女性の一人歩きは何かと危ない。

「良かったら送っていこうか?」

 申し出ると小さく首を振る。

 布巾をテーブルに畳んで置いて、由汰に言われた通りバッグを持つと小土間を出る。

 由汰も見送りに亜香里の跡を追い大戸口まで来たとき、不意に亜香里が足を止めて振り返った。

 戸口に手を掛けながらどうしたのかと首を傾げると、何度が言い淀みながら、

「由汰くん、お見合いするの?」

 と、か細い声で訊かれて「え?」と思わず目を瞬かせる。

 亜香里とも昌子同様付き合いが長く、初めて出会ったのは由汰が十五歳で亜香里が十一歳の時だった。

亜香里の家の隣が自動車修理工場とあって、終日修理などの作業音で騒がしく、期末試験や高校受験、大学受験の時は『径』の小土間、まさに今日染教室で使った部屋で毎日のように勉強していたものだった。静かでその上、書店にはわんさか参考書がある。そんなこともあり、お互いを「くん」「ちゃん」で呼ぶ仲だ。

 言われたことが先日昌子から持ち込まれたお見合い話だと分かり、ああそのことかと苦笑する。

「昌子さんが言ってたアレだろう? しないよ、しない」

「でも、お母さんかなり本気みたいだけど」

 そうなのだ。いくら由汰が断っても馬の耳に念仏よろしく全く請け合ってもらえないのだ。

「お母さん、由汰くんの病気のこととか本当に心配してて。今回のお見合いの件もその、由汰くんのことを考えてのことなの。けど……」

 と、そこで一瞬口籠ると足元に視線を落として、俯きながら聞き取れるか聞き取れないかほどの声で呟く。

「……断ってね」

「ん?」

「断っていんだからね」

 と、今度は顔をしっかり上げて告げる。

 驚く由汰に、

「嫌なら……断っていんだからね」

 と、再度そう告げた。

 昌子に遠慮して断れないとでも思ったのか、気を利かせて言ってくれたのだとこの時の由汰はそう思ったが、それが違うことを後に知ることになる。

 ありがとう、と笑顔を向けると、それじゃと背を向けた亜香里が、何かもの言いたげに何度か振り返ってみせたが、その内諦めたのかそのまま暗い路地を小走りで駆けて行った。

 来週、昌子がパートに来たらもう一度きちんと話をしよう。

 とにかく、今日も一日がようやく終わった。体調は悪くなさそうだが、残りの片付けと夕食を考えると気が重くなる。

 教室の片付けなど諸々を済ませて風呂から上がったあと、逆さにしまわれていた例の『願いを叶える催眠誘導の極意』を夢中になってつい読み入ってしまった。

「二時か……」

 いい加減寝ないと明日の仕事に響く。

 作業場で座椅子に座って卓上ランプだけで本を読んでいた由汰は、目頭を人差し指と親指で押さえながら大きなあくびをした。

 催眠術なんて胡散臭い手品かなにかかと思っていたが、読み進めていくとなかなか興味深く、手品どころかこれは魔術だと思った。

 具体的な実例とともに細かく解説されているが、もしもここに書かれていることが真実なら、催眠術を使った犯罪は気づいていないだけで世界中で横行しているに違いない。

 読み進めると、日本と比べて欧米での催眠術師の腕は遥かに優秀で、実際に欧米では腕はあるのに倫理を持たない者たちの催眠術を使った犯罪がいくつもあるらしい。

 実践で使える誘導方法も事細かに説明されているが、やや右脳体質の由汰としては、うまく出来る気がしない。

 正直、内容は面白いが半信半疑だ。

 ここに書かれているスキスキ催眠術なんてふざけたネーミングの、誰かを好きだと思わせる催眠術や、そこに無い幻聴や幻覚を見させる催眠術、味覚を変えさせるものや記憶を消すための暗示なんてものもあるらしく、掘り下げていくと催眠術とはなんと恐ろしい。

 物理的な痛みや苦しみを消したり(感じなくさせたり)、対人関係も概念も自我もリセットできてしまうとなれば、それはもはや神の領域ではないか。

 人間が踏み込んではいけないように思う。

 ユーチューブなどで実際に誘導している動画が見られるらしいから、あとで覗いてみようと思う程度には興味を惹かれていた。

 よくテレビなどでやっている、巧みな言語を駆使してショーさながらに見せる催眠術があるが、大体の暗示は椅子に座らされた時点で完了しているのだと言う。

 トークを交えて行うのはショーを面白おかしく見せるための単なる脚色でしかないと言うことだ。

 由汰の興味を誘ったのは中盤の章にでてくる「非言語催眠」と言うものだった。

 その名の通り、言葉を使わずに相手を催眠誘導できると言うなんとも不道徳にも思える術法だ。しかも成功率は九十パーセーントと高確率らしい。

 自分の気づかないうちに催眠術を掛けられていたらと考えただけで、ゾッとする。服を着ているつもりでも本当は真っ裸で往来を闊歩しているかもしれないと言うことだってあり得るのだ。

 ステーキだと思って食べていたものがネズミの死骸なんてこともあり得る。

 自分で想像しておいて顔を渋面させた。今しがた思い浮かべた悲惨な残像を脳裏から振り払うように、顔の前で手をひらひらさせる。

 かかりやすい人、かかりにくい人と言うのはあるのだろうか。

 先を読み進めればそれについての解説も出て来るかもしれないが、名残惜しいかな今日はもう寝なければならない。

 ふと、不遜で傲慢な男を思った。織部みたいな男は催眠術なんかにかかったりするのだろうか。意のままに操られている様など容易には想像できないが。

 あの夜以来、なんの連絡もない。また来る、とは言っていなかったが、教えられることがあれば連絡すると言ってくれていた。

 小さなことをネチネチ気にして必死に世間に認められようと長い物に巻かれている男。

 そう言った意味では、けして男らしいとは言えないが、男臭い男だ。

 幼い頃、三白眼の男に怖い思い出がある。だから三白眼は本当に嫌いだ。

けれど、由汰の目をガラス玉のようだと褒めたり、西洋の市松人形や蝋人形のようだと評したり、別れた夫の面影を重ねて罵ったり、由汰を特別に作られた物のように奇異な目で見る人たちばかりの中で、織部の目は最初からまっすぐに由汰の本質を見ていたように思う。

作り物などではなくただの人間としての。

かつて自分の経験値をあげようと通ったその手のBARでも、結局由汰を由汰として見てくれる男はいなかった。

 遠巻きに鑑賞するか、近づいてきても由汰の中に違うものを見出そうとする男たちばかりに嫌気がさして、結局通い続けたBARからも一年と経たず遠のいた。

そんなふうに見られるのにも慣れてしまったから、織部の態度は新鮮だったかもしれない。

普通の人たちを前にしているのと変わらない、事件なんてなければ道端ですれ違っても目もくれない。

 美人じゃなくても好みの女がいれば振り向くことくらいするかもしれないが、そうでなければただの不特定多数の一人であって、目が赤だろうが金だろうが興味がなければ彼の中ではただの人だ。

「…………」

 夜中の二時に、アドレナリンマックスの頭の中で整理していて気づく。

 そうか、自然体だ。

 織部が由汰に対する態度も、由汰の織部に対するそれも。

 認めたくないが、だから気になる。悔しいけれど、どうしようもなく惹かれているようだ。

 会ってまだ二回目の、大嫌いな三白眼を持ったホモフォビアの男臭い男に。

 由汰は感慨深げに頭の後ろで腕を組むと、同じ姿勢で凝り固まった背筋を伸ばすように天井を仰いだ。

「スキスキ催眠術ね」

 不意に口にしたにわか言葉に、想像を巡らせようとしたが無理だった。

 遅れてじわじわと笑いが込み上げてくる。

 三十一歳が口にするには、いささかはばかられる言葉だったなと。


 

 

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