第24話 天国で自慢させてやろう
「広場」と呼ばれたベルナベウのバックヤードでは、「サッカーマニア」な少年二人が、真剣にスキルについて語り合っていた。
「そこで、半歩!」
ロイくんが叫ぶ。
「こう?」
ボールをドリブルしているのはデイビッドくんで、ロイくんはコーチ役のようだ。
「いや、ちがうトトーンって」
「こう?」
どうやらロイくんのイメージが伝わらないらしい。
「うーん、違うなぁ。えっとね、右、右、左、じゃなくて、右右、左っていう感じで、右を連続して、あ! そう、それ!」
「おお! わかった気がする!」
「すごいね、上達が早い!」
「ははは! さすがすぎる、オレ!」
あいさつのタイミングを逃しまくり、こっそり陰から覗き見るみたいな形になってしまった。
「じゃあ、この辺でいいかな?」
「え? もう終わり?」
「ごめん、このあとやることいっぱいなんだ。11時まで分刻みで」
「11時?! 11時って、夜の11時?」
「うん」
「寝るの遅っ! 早く寝ないとオレみたいにデカくなれないぞ」
「わかった。じゃあ今日は10時59分を目指す」
ロイくんはそう言うといきなり上のシャツを脱ぎ、その場で着替えを始めた。
舞鳳は慌ててさらに身を隠す。
「朝練、もう来ないのか?」
「あ、うん、新学期は下級生と集団登校があるから、朝練やってると間に合わない」
「いやいや、サボる理由なんていくらでもつけられるよ」
「あ、うん。まぁ、そうだね」
「来るの? 来ないの?」
ロイくんはそれにははっきり答えなかった。
「ところであのおじいちゃんは元気?」
「しるかよ。人に聞かないで自分で確かめろ」
「そうだね。うん、じゃあ、またね」
「おう。いきなりサンキューな。明日の試合でさっそくやってみる」
「あは! そんな即効性はないよ」
「まあ、見てな。見に来いよ、オレたちの試合の方も」
「あ、明日は行けないんだ。今日だけ時間の都合がついたから。それじゃ、またね」
「おう!」
そう言い残して、ロイくんはベルナベウの中へ消えた。
広場に取り残されたデイビッドくんは帰るかと思ったら、練習を再開した。
壁に向けて、ボールを蹴りつける。
ドン
ドン
ドン
あんな大きな音を立てて――
そもそも建物にボールをぶつけていいのか、他人の敷地でこんな騒音を立てていいのかと舞鳳はひやひやする。きっとデイビッドくんの中では、まったく問題ないのだろうけど。
それにしても。
分刻みのスケジュールか――
舞鳳は推測する。
きっとそんなはずはない。これはしつこい友だちを傷つけることなく帰らせるための冗談かな、とも思うものの、ジョークでない可能性も大いにある。
ベルナベウのエース。
ちーさんは、ロイくんをそう評価していた。たくさんの小学生たちの世話をしているらしいし、実際、今の会話でも、明日は忙しそうだ。
いったい、どのタイミングでロイくんへ話しかければいいんだ。
迷っていると転がってきたボールと共に、いきなりデイビッドくんが現れた。
「あら?! マドリさんじゃないですか!」
「ああ、デイビッドくん!!」
「こんなところで、何をしてるんですか?」
「デイビッドくんこそ!」
「オレは、ロイに練習つきあってもらって。あの後、連絡とって、30分間だけだけどコーチしてもらったんです。来てよかった。スゲー参考になった。また来よう」
「連絡とって? いつ?」
「さっきです。マドリさんと冬本さんがコメダから帰った直後。親の知り合いがロイとつながっていたし、一回だけだけど、オレたち朝練一緒にやったことあったから」
ロイくんのことをすでに、ロイって呼んでいる。
デイビッドくんのこのイケイケ感が羨ましいが、でも、舞鳳は気づく。
『マドリの冒険』の主人公だって、デイビッドくんに負けてない。
なぜなら自分もここ、ベルナベウにたどり着けているのだから。
「ねぇ、さっきロイくんが言ってたおじいちゃんって誰?」
「おじいちゃんはつまり、じーさん」
続きがあるのかと待ったが、まったく教える気がない説明のみで、デイビッドは練習を再開した。しかたないので、舞鳳はボールを蹴るデイビッドの隣で質問する。
「じーさん情報」はロイくんが知りたがっていた情報だし、それを知っておけば何かの役に立つかもしれないから――
「ねぇ、教えてよ。じーさんって誰?」
「じーさんはじーさん。それ以上でもそれ以下でもないです」
デイビッドくんはよくわからない言い回しを用いた。
「朝練と関係あるの? 朝練のコーチ?」
適当なことを言って食いつきを待つ舞鳳。
「太極拳サークルのじーさん。なんかオレとかロイの朝練を見てた人です」
舞鳳はちょっとした違和感を得た。
デイビッドくん、ちょっとイラついてる?!
「どうしたの? 怒ってるように見えるけど」
「オレ? 怒ってないです」
「でも、ファンを大切にしなくちゃみたいなデイビッドくんが、そのじーさんにはちょっと冷たいっていうか」
「え? 冷たい?」
「わかんないけど。何か急にそんな気がして」
「ああ、こっちこそ、ごめんなさい。うーん……えっと、じーさん、死んじゃったらしいんです」
と つ ぜ ん !
「まあ、じーさんは相当なおじいちゃんだったから仕方がないんですけど。オレらが二人で一回だけ朝練やったとき、「キミたちはいつもサッカー上手いね。二人がオリンピックに出るまで生きなくちゃいけないねぇ」って話しかけてきて。その後も、いらないけどアメくれたり、飲みかけのペットボトルを「残りはあげるよ」ってめっちゃ笑顔でくれたりする人です」
「たしかに、それはいらない」
「それにそんな期待されても困りますよね。サッカーならオリンピックよりワールドカップだろって話ですし。でもじーさん、毎回、必ず声をかけてくれるんです。「がんばれよ、オリンピック出ろよ。それまでおじいちゃん死ねないから」って。そんなことずっと言われてると、おう見ててくれ! ってなるじゃないですか? ロイもちょっと気合入ってたと思います。そのじーさんが、ロイが朝練来なくなって、そのちょっと後くらいから来なくなっちゃって、で、心配になってこの前、太極拳サークルの人に聞いたら、死んじゃったって」
「そうなんだ――」
「本当は、オレの方からこの話、ロイにしようと思って、それがココに来た理由でもあるんです。いつ、どうなるかわからない。じーさんも、本当にオレたちがサッカー選手になるまで生きそうな元気さに見えたけど、死んじゃった。もたもたしてると応援してくれてる人たちが……いつどうなるかわからないぜってこと、ロイに伝えようと思ったけど……あいつ、ファンがどうのなんて一切考えてないで、めっちゃサッカーに集中してて。オレみたいな関係ないヤツに一生懸命ドリブルのコツ教えてくれて。それでオレ、なんか気が散ってるのかなって。まずサッカーのスキルだろって気持になって。なのに今度はいきなりアイツがじーさんって言うもんだから……ていうか、そもそも11時に寝てたら朝練はムリだね。オレはするけど。そしていつかロイの実力を追い抜いて、アイツにドリブルのコツを教えてやるんだ」
「ロイくんに教えるの?」
「アイツにもサッカー選手になってもらわないと。じーさんは二人セットで見たいみたいだから。天国で自慢させてやろうと思って」
天 国 で
自 慢 さ せ て や ろ う
舞鳳は少し暗くなり始めた空を見上げた。
空は当たり前だけど、ちーさんのアトリエの天井より、ずっと広かった。
じーさん、見えますか?
まどちゃん、見えますか?
舞鳳は記事を書こうと思った。
できるだけたくさん。星のように、数えきれないくらいたくさん。
出会った人のキラキラをすべてとらえて、世界へ届けよう。
生きている人だけでなく、死んでしまった人たちにも届けよう。
ベルナベウの広場。
本当の意味で舞鳳の記者生活がはじまったのは、この瞬間だった。
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