第23話 相撲部屋ウェーイ
「ベルナベウ」は有名だったようで、タクシーは迷わず到着した。後部座席から降りると、大きな男の子たちが、自販機の下に手を突っ込もうとしていた。
「取れる?」
「ムリ!」
「ふざけんなよ、オマエ。オマエのせいで」
「大丈夫ですか?!」
舞鳳が声をかけると、二人の男の子たちは跳びのくようにしてスペースを空けた。
「あ、すみません。どうぞ、先に使ってください」
「ん?!」
自販機を使えってこと?!
別に、自販機には用はないんだけど……
「いや、ただ、どうしたのかな、って思いまして」と舞鳳。
「コイツが押すから、お金落としちゃって、この下に」
「入っちゃったんですか?」
「たぶん、この下っス」
「あ、そうだ! オレら持ち上げますから、すみません、下を見てもらえますか」
「え?」
「そっか。おっし。じゃあ、オレこっちね」
「ええ??」
「いくよ」
自 販 機 を
持 ち 上 げ る の ?
無事10円玉は救出された。すごい剣幕で言い争ってたから、てっきり100円か500円玉かと思ったよ。それにしても……自販機を持ち上げようという発想がすごい。
「お姉さん、彼氏いますか?」
丸々とした赤いほっぺをした力士がいきなり聞いてきた。
「ん?!」
「オマエ、小学生かよ。いきなり聞くなよ。すみません、失礼なヤツで。向こうでボクとお茶でも飲みながらゆっくり」
ダビデ像みたいな引き締まった力士が舞鳳を奥へ案内しようとする。
「おい!」と赤ほっぺ。
「うるせぇ。ほら、オマエがウザいからお姉さん引いてるじゃねぇか」とダビデ。
「大丈夫、引いてないよ」と舞鳳。
「ウェーイ、引いてな~い」と赤ほっぺ。
「ウェーイ! お姉さん、ウェーイ!」とダビデ。
なぜかハイタッチしてくる二人の力士。
今までのマドリだったら、自分とはまったく異なるノリに、思い切り引いていたかもしれない。
でも……今日はなんだか、余裕があるウェーイ。
* * *
ベルナベウは、一言で言うと図工アートな建物だった。
「ちーさんのアトリエ」のような洗練されたアートとはちがう。
小学生の展覧会に並んでそうな
「こんな家があったらいいね」
というカオスな図工アート。子どもがその小さな胸に抱く
「自由気ままで愉快な生活」
をそのまま具現化しました、というようなたたずまい。
そしてベルナベウに最近増設されたというのが、相撲部屋ウェーイだった。
相撲部屋がある建物って……
記者の肩書を利用して、稽古を見学してみた。
「なに、あのお姉さん、記者?!」
「うぉ! 記者がきた!」
「記者記者しゅっぽしゅっぽ」
力士たちはノリノリだった。
リラックスの空気が漂っていたのは、本稽古はもうだいぶ前に終わっていて、今は、若手だけが残る自主稽古の時間帯だからみたい。
一階に相撲部屋があれば「用心棒」のような効果が期待できる。
子どもの就職の受け入れ先にもなる。今のところ男子に限るが、なにせ身長と体重の条件さえクリアすれば、住むところが与えられるなんて職業はそうそうない。
ベルナベウに住む子どもたちの遊び相手にもなる。近所の人たちとのつながりも強くなる。特に年配の方にも喜んでもらえる。ちゃんこ当番は、ベルナベウの子どもたちに栄養満点の食事を提供できる。
もちろん、力士がやらかして報道陣だらけになるかもしれない。でもそれは多くの「メリット」を取り下げるだけの「リスク」なのだろうか。
これが丸尾さんのスタイルなんだ、と納得しかけたら違った。
取材の過程で判明したのは、この「相撲部屋誘致」のプランを発案、計画、実行したのはほぼすべて――ロイ少年だった。
「すみません、今日は誰の取材ですか?」
稽古場で一番真剣にやっていた青年。
もみあげがすごく長い。
目が合うと、舞鳳の元へつかつかと歩いてきた。
「オレ、高徳川といいます」
「はい、こうとくがわさん」
「モミーと呼んでください」
これはもしかして「オレを取材しろアピール?!」
ここで赤ほっぺが割り込んできた。
「本命はオレですよねウェーイ」
「ウェーイとかもうつまんねーから」とダビデ。
ヘンな期待を抱かせると悪いので、舞鳳ははっきり言った。
「今日はお相撲じゃなくて、ロイくんの取材に来ました」
「うわ、ロニィか!」
「なーんだ、サッカーの記者さんか」
「なーんだじゃねぇよ。すみません、コイツ無礼で」
また別の力士が現れた。
キリがないので舞鳳は相撲ゾーンからの退散を決意する。
「えっと、ロイくんは、どこにいますか?」
「ロニィは――」
「今日はいない」みたいなことを言われ、せっかく着替えてきたのに振り出しに戻ったらどうしようかと焦ったが――
「広場でサッカーかな」
「あ! なんかキンパツの……ジャニーズジュニアみたいな子が遊びに来たな、さっき」
「え?!」
もしや……
「あ、これくれた子だろ。価値が出るから持っておいた方がいいって」
「あはは! ウケるよな。えっと、何だっけ? デイビッドだ」
「デイビッド、ウェーイ!」
「カッコつけウェーイ!」
デイビッドくんは、名刺代わりにオリジナルの「トレーディングカード」を作成し、出会った人に配りまわっているらしい。でも受け取ってくれた力士はたった一人。その力士もからかい半分だ。
舞鳳は「ウケるよな」といった力士の言葉にちょっと(ていうかかなり)腹を立てたが、冬本さんからのアドバイスを思い出して、ぐっとこらえた。
「あのすみません。そのカード、いらないならもらえますか?」
「コレ? こんなのいるの? いいよ」
「ありがとうございます」
舞鳳は丁寧に礼を述べた。
そして嫌味のトーンが含まれないように注意しながら、ナチュラルに言った。
「知らないかもしれないけど、このデイビッドくんのカード、今、サッカー好きの間で、すごく価値があるんです。ありがとうございます」
「え?」
「メルカリとかヤフオクで5万円だったかな?」
「5万円!!」
「来年にはその倍になってると思う。じゃあ、稽古がんばってください!」
舞鳳ははっきり思い出す。
そうそう、いいヤツばかりじゃない。
そしてこの世には暴言があふれている。
人の数が増えればそれだけ、不快な思いをする機会も比例して増える。
でも負けちゃだめだ。
デイビッドくんの方がよっぽどプロだ。
バカにされても意に介さない。まだ上手くないけれど、自分のファンを一人でも増やそうとしている。
ウェーイな力士たち、今に見てろよ!!
舞鳳は夢見る。
デイビッドくんがスーパーな選手になることを。
そしてウェーイな力士たちがそれを見て励まされ、少しはましになったよウェーイになることを。だって彼らは敵じゃない。用心棒みたいに都合よく、一方的に利用しようとしてはいけない。守ったり守られたり。励ましたり励まされたり。教えたり教えられたり。
きっとそれが世界。
だから腹を立ててもそれは一瞬。身を固くして、感情に流されないように。
舞鳳は耳たぶを軽く引っ張る。
さあ、ロイくんに会おう!
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