第19話 電話はアートで

ちーさんはしぶしぶ舞鳳のリーディングを始めた。


「えっと、今のお仕事は?」

「最近、書店員を辞めて、記者をはじめました」

「ちょっと観てみるね……あ、書店員を辞めて記者を始めたみたいね」

「ちーさん、ホンキ出してください!」


うーん、本当に当たるのだろうか……

疑問に思って油断していたら、急に鋭く切り込んできた。


「えっと、ちょっと繊細すぎるところがあるね。でもその繊細さは大事だから、もっともっと極めた方がいいね。いっそ、繊細のスペシャリストになるつもりで」

「繊細のスペシャリスト?!」

「あと……言葉にしてしゃべらないで、心でいろいろい思うことが多いね」

「それは当たってます!」

「それは?」

「すみません、それも、です」

「記者なら、心で思ったことをどんどん言葉にするといいと思うよ。いったん取り込んで、深く考えた言葉だったら、迷わなくていい。遠慮しないで、どんどん文字にした方がいいね。口にはそんなに出さなくていいから。口にするより文字にすると良いと思うね、この相からすると」


そんな相があるの?!


「そうですか……」

「ほらほら! 口に出すと、くだらないダジャレになっちゃうでしょ」

「はっ!」

「あなたの言葉を必要とする人がいる。フラジャイルであることはクリエイティブの重要なファクターだから。だよね、しんちゃん」


いきなり横文字を使い始めた!!


「はい、その通りです。すげぇ、よく覚えてますね!」


「フラジャイルであることはクリエイティブの重要なファクター」というのは、しんちゃんの言葉だった。「フラジャイルって何じゃいる?」って思ったが、うかつに言葉にしてはいけないという相が出ているそうだ。


「単純な記憶力のピークは14歳だけれど、エピソード記憶は40代でも50代でも伸ばしていけるって言ったのは誰? 自分の言葉に責任もってね、しんちゃん」

「すみません」



謝った冬本さんのポケットの中で、スマホが鳴る。



「ああ! しんちゃん、あたしが電話嫌いなの忘れた?! ここは神聖なアトリエ、アートな場なんだから、電源はオフ。電話はアートで」


ちーさんは大きなその目で、舞鳳が笑うかどうかじっと確認してきた。

舞鳳は超微妙なぎこちない笑顔を浮かべて、ていねいに返す。


「このアトリエ、すてきな美術館みたいですね。ていうことはもちろん、電話はアートで」

「そうそう!」


舞鳳はオフにしていない自分のスマホが鳴らないことを、心の底から祈った。


「すみません。あ、ちょっと仕事の電話です。出ますね」

「えぇ、出るのぉぉぉ」と、大げさにむくれるちーさん。

「もしもし――え?!」


冬本さんの発したその短い言葉だけで、電話の向こうの状況が「ただ事でない」ことが、舞鳳にもすぐ感じ取れた。


「ケガした?!……どこを? 前十字靭帯?! なんで断言できる? え、ああ……」


冬本さんはスマホをいったん耳から離し、大きく息を吐いてから再びスマホに耳を当てる。


「うん、うん……わかった。車。うん。じゃあ、行く」


電話を切ると、冬本さんは舞鳳とちーさんに謝った。


「ごめんなさい。ちょっとクライアントのダイが、Jリーグで大けがしちゃって。運ばれたらしいです。すみません、オレ、病院に行ってもいいですか」

「当たり前じゃない。すぐに行って」

「マドリさん、ごめんね」

「あ、はい」

「マドリさん?」と驚くちーさん。

「じゃあ、あとはよろしくお願いします。ちーさん、すみません。また今度!」


舞鳳はアトリエの外まで冬本さんを送った。


「マドリさん、ごめんね。かなりヤバそうなケガだから」

「心配ですね」

「心配してもしょうがない。起きたことに対処するだけ。リハビリのプログラムのパターンをいくつか考えて、過去のケースをたくさん集めて。気持が落ち着いたタイミングですぐ参照できるように、きちんとしたデータを揃えておいてやりたいし、復帰へ気持が傾いたとき、トレーニング環境を手配できるようにいろいろな場所を早めにチェックしておきたい」

「そっか――ただ心配だけしても」

「そう。心配しても仕方がない。これがまさにさっき言ってた手を打つっていうことです。マドリさんの参考になるかわかりませんし、オレも心配で動揺してますが、オレができるテクニカルなことをやります」

「はい。がんばってください」

「マドリさんもロイくんと会ったら――あ……」


冬本さんは車へ急ぐ足を急に止めた。


「どうしよう。ボクがいなくても……ロイくんに会いに行きますか?」

「え?」

「一人でロイくんに会いますか?」


どうしよう――


正直、恐い。冬本さんがいないとなるとなおさらだ。

ただ、冬本さんは戦いに行く。仲間のために。


ロイくんと会うことは――なぜか舞鳳には運命に感じられた。

自分が「運命」から逃げていいのだろうか。


「行ってみます。場所は?」

「Google MAPで「東京」、「ベルナベウ」で検索すれば出てくるはずです」



* * *


アートなアトリエに再び戻ると、ちーさんが冬本さんに引けをとらないほど真剣な顔をして舞鳳を出迎えた。


「ねぇ、聞き違いかな?」

「え?」

「さっき、ロイくんのところに行くって言ってた?」

「はい」

「そして、名前は……マドリ」

「はい」

「これ……冗談じゃないよね?」

「え?」


ちーさんは舞鳳の手を強く引く。

握るちーさんの指は、想像よりずっと細くて長くて冷たくて、包まれている手からは、ミステリアスかつマジカルなエネルギーが伝わってきた。


「もう一回、手相を見せてくれないかな?」

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