第13話 爆弾発言

舞鳳は車なんて一切興味がないから、冬本さんのスポーツカー(?)の車種はわからない。わからないけれどたぶん、すごく速く走れるんだと思う。それなのに舞鳳を怖がらせないように、安全運転をしてくれているのが伝わってくる。


そして……今まで乗ったどの車よりも車体が低い!

シートに座るというより、シートに寝そべるみたいな面白い感じ。

道路のすぐ上をするすると滑っているような愉快な感覚。

冬本さんがギアをチェンジするたびに、どこかで「シュポーーーン」「スコォーーーン」というような音が鳴る。


「これ、何の音ですか?」

「これ? どれですか?」

「今の、スコォーーーンって音」

「ん?! そんな音、しますか?」


冗談めかして答えてくれない。

でも……そんなことはどうでもいいです。

一番知りたいのは、丸尾編集長とロイくんの関係――


すぐにふざける編集長が、ロイくんの写真をインスタに上げたときだけふざけない。コメントなしで、ただ写真だけをアップする。

それについて誰かが「息子さん?」と質問しても、スルーしている。


どうして?


SNS中毒のマドリとしては、どうしてもそこは知りたい。丸尾さんだけでなく、ロイくんのこともよく知っているっぽい冬本さんなら――ストレートに聞いちゃえ!


「ロイくんって、もしかして丸尾さんのお子さんですか?」


突然の質問に冬本さんは言い淀む。


「うーん……」

「ずっと、謎だったんです」

「ずっと?」

「はい。丸尾さんのインスタで――」


舞鳳は疑問に思った経緯を簡単に話す。

何年見続けていたんだろう。四年くらい?

気になり始めてから丸尾さんのことを、ずっと追っていた。


「それは……丸尾さんから直接説明してもらった方がいいと思います」

「でも、このあとロイくんのところへ行くんですよね?」

「はい」


何をしに行くのかは聞かされていない。ただ、ロイくんと舞鳳を会わせたいのだと言う。ロイくんと冬本さんの関係すら教えてもらえていない。舞鳳が持っている情報は「これからロイくんのところに行く」のみ。さすがにこれでは不安だ。


「謎を解きたいのもそうなんですけど、ロイくんや丸尾さんに会う前に知っておいた方がいいかなと思って」

「あれ? マドリさんも、丸尾さんに仕事を頼まれたんですよね? 記者になる仕事を」

「はい。つい先週くらいのことですけど」

「うそ、そんな最近?!」

「はい」


どちらに向かっているんだろう。冬本さんを信用しているものの、それとは別に、土地勘がない場所での移動は、いつも舞鳳に不安をもたらす。

思い返せば、遠足とか修学旅行のバスもちょっと恐かった。

自分の足では帰れないという不安。

誰かにすべてを任せなくてはいけないという不安。


「ボクが丸尾さんに、マドリさんが来るかもって言われたのはもっと前です。へぇ、珍しいな」

「珍しい?」

「丸尾さん、躊躇したのかもしれない。マドリさんにオファーを出すのを。いや、ホント珍しい。慎重になったのかな?」

「慎重? どうして?!」

「たぶんですけど、このオファーを……ゼッタイ成立させたいと思ったんじゃないですか。ふふふ。そういうときもあるんだ、丸尾さんが」


舞鳳は丸尾さんと交わした契約内容を伝えた。

月額70万年。4月~1月の10か月の契約期間。仕事は土日祝日とそれらの翌日。

取材対象はフリー。好きなことを記事にして丸尾さんに送ればいい。

オフィスなどに来る必要なない。好きなところで仕事をしていい。


この好待遇自体には冬本さんは特に反応しなかった。

冬本さんが反応したのは、LINEなどのやり取りだけで契約を済ませたことだった。


「え? 面接もなし?」

「はい」

「一回も会ってないんですか?」

「はい」

「いやぁ、丸尾さんすごい。さすがだ」


舞鳳は書店員のときに、正社員扱いだったからアルバイトの面接をすることがよくあった。たいていは電話で予約を受け、面接をして、研修期間を設けてという段取りを踏む。働き出してから1週間もしないで「無断欠席からの退職!」という人も、信じられないかもしれないがけっこう多い。


「上の人たち」はそれに対し毎回ひどく腹を立てていたけれど、舞鳳は逃亡した人たちの気持がわかる。なぜって、人間には向き不向きがあるから。そしてその向き不向きは仕事を実際にやってみないとわからない。履歴書と面接なんて何の役にも立たない。


車はノロノロと進まなくなった。踏切による渋滞のようだ。

イライラしてもおかしくないくらい待たされているのに、冬本さんはまったく意に介さない様子だ。


舞鳳は「怒っている上の人」に対してときどき思っていた。

仕事が合わなかった人たちの話をちゃんと聞いて、その人たちに合いそうな、何か別の仕事を紹介してあげるくらいの観察眼と人脈はないのかなって。ウチではムリかもしれないけど、ここならどうかなって薦められるくらいのスピリッツはないのかな。そこまでの面倒は見てられない? そういうのは面倒なのかな? 数回しか会っていない人は他人?! 仕事は個人個人で探して、一人一人が嫌な思いをたくさんしてそれを抱え込んで。たまたまいい人と良い職場と力を発揮できる仕事を見つけられたらラッキーっていうこと?


よくわからない。でも、冷たいというか、お客さんに対してはすごく下手に出るのに、同じお客さんがそこで働こうとすると、とたんに強気に出る。そしてお客さんに対しても、想定している範囲を超えると、問答無用で『クレーマー』扱いする。


アッキィさんに褒めらた「紙対応」も、上の人たちからしたら「金色の包装紙」を要求した七海さんは完全にクレーマー扱いだろうし、舞鳳の対応も、余計な前例を作るなということになるのかもしれない。そんなことないかな。わからない。七海さんに言われるまで、この出来事を自分も忘れていたくらいだから、自分もすでに冷たい側の人間なのかもしれない。


はぁ。


本当は、もっともっと気楽に自由に――職場は働く人を大切にして、そして働く人っていうのは、自分の会社で働く人だけじゃなくて、社会全体で、働く人を大切にした方がいいんじゃないかなって思う。後付けで今思っていることと混じるけど、みんな、何らかの形でつながり合っているのだから。


そっか。だから――余計に嬉しかったのかもしれない。丸尾編集長に、面接なしでいきなり「人」として採用されたことが。でもその一方で……心のどこかで怖いんだ、自分はきっと。まだ会ったことのない丸尾編集長に、本当の自分の実力を知られて見捨てられることが。冬本さんにアナライズされて致命的な欠点をレポートされることが。臆病な自分を認めることはできる。でも、そこから踏み出せない。怖い。この驚きのオファーも、結局は勇気のなさでフイにしちゃいそう……そしてSNSでみんなに慰められるというね……あ! でもそっか、丸尾さんとの関係をこじらせちゃったら、SNSにも甚大な影響が……!


ん?!


マズイ! また一人で考え込んでいた!! 

これでは前の職場と同じ。

「何を考えているのかわからない厄介な子」の認定を受けてしまう……。


隣に座る運転中の冬本さんの表情を、恐る恐るうかがう。


「ごめんなさい、えっと、話の途中でしたよね……何を話していたんでしたっけ? わたし、すぐにぼーっと……自分の世界に入ってしまう悪いクセがありまして……ごめんなさい、本当に」

「謝らなくて大丈夫です。むしろ、舞鳳さんみたいに深く思考すべきです。ボクといるときは気にしないでどんどん考え込んでOKです。今、話していたのは丸尾さんとロイくんの関係の話です」

「あ、そうでした」

「ボクじゃなくて、直接丸尾さんに聞いた方がいいと思います」

「でも、ロイくんや丸尾さんに会ったときに……大事なことを知らないでうっかりヘンなこと言って傷つけたら――」


あら?!


舞鳳は自分のセリフを耳にして違和感を覚えた。

それ、本心かな、自分。

ただ単に、ワイドショー的な好奇心で知りたいだけじゃない?

好奇心があるくせに、それを隠してもっともな理由をつけているだけじゃない? 


こうやって舞鳳はいちいち自分のセリフによって自己嫌悪に陥る。ネットだったらこういうことはない。シンプルに「謎だ……」と思っていればいい。なのに外の世界では目の前に人がいて、それで口を開けば聞けちゃうものだから――


書店員時代にも――時代といっても、ついちょっと前のことだけど――余計なことを聞いて、相手を怒らせたことがある。明らかに聞いて欲しそうな雰囲気だったから聞いたのに、「何でそんなことまで話さなくちゃいけないの?」と理不尽なキレ方をされた。


冷静に考えると「明らかに聞いて欲しそう」という自分の判断がミスだったのかもしれない。人って面倒くさい。そう思って仕事に集中した。仕事には感情はないから。でも仕事のどこかの段階で人が必ず関わって来る。


さっきも思っていたけど、仕事なんかより人が大切だとはわかっている。でもそれは揺らぐ。結局、黙ってしまう方向へと進んでいく。SNSへ逃げる。


「プロ記者」とか――70万円も振り込まれてしまったプレッシャーもある。舞鳳の中で芽生え始めていた新しい仕事に対する自信が、さっそくしおしおと萎えていく。


「あ、それについては大丈夫」


ほら!

 

冬本さんが指してる「それ」って何だっけ? 

自分の考えばかりで、いつも人の話を聞けていない。

人の話を聞けない記者とか、根本的にアウトだから!


「大丈夫ですかね……」


舞鳳は適当に相槌を打つ。


「大丈夫。丸尾さんについては、もう完全に超越してます。傷つくなんてゼッタイないです」


あ、傷つけてはいけないとかそういう話だった。


「ボク、ゼッタイと思うことあまりないんですけど、丸尾さんに限っては、傷つくなんてことはゼッタイないです。それより問題はロイくん」

「ロイくん?」

「ロイくんがマドリさんをママとして受け入れてくれるか」

「ん?!」


なんか、サラッと、とてつもないことを言われたような……


「冬本さん、ごめんなさい。今、なんて」

「ロイくんが、舞鳳さんをママとして受け入れてくれるかが問題だと思います」



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