第6話 赤とか選んだら殺される


「芸能事務所にでも所属してそうな、ヘアバンドをしたサラサラヘアーのイケメンくん」

「いたいた、こういう顔の子。人気があるけど、性格が悪かったりするんだよね」


これがデイビッドくんに対する舞鳳の最初の印象だった。

どうしてそう思ったんだろう。

もしかして――

ヘアバンドがピンク色でそれがやけに派手に見えたから?!


舞鳳の数少ないスポーツに関する思い出の一つに、十年くらい前、小学六年生のときに野球少年と話した会話がある。スポーツショップが入った大きなショッピングモールで、日曜日かなにかに偶然クラスメイトに会ったんだ。その子はグローブを買ったばかりで、グローブをはめたこともない舞鳳に「いいだろ」と見せてくれた。しかも「はめてみなよ」と言う。右に手をいれようとしたら「右利きなら左につけるんだよ」と言われたのをよく覚えている。そして「すごい、かっこいいね」みたいなふつうの感想を述べたら、その子は言った――


「オレ、本当は赤いグローブが良かったんだけど、赤とか選んだら殺される」



こ ろ さ れ る 



「えええ! 誰に?!」

「監督とかコーチに。そんな派手なの選んだら、チャラいって殺されるよ。基本グローブは黒か茶色じゃなきゃアウト」


その話を聞いて「ヘンなの。頭おかしい!」と思ったはずなのに……舞鳳は自分自身に聞いてみる。


デイビッドくんはピンクのヘアバンドをして、金色のスパイクを履いていた。もしかして自分、それだけでこの子のことを「性格悪い」って決めつけた?


あの日、七海さんが「プレゼント用の包装紙」の色として金色にこだわったのにも、個人的な理由があったにちがいない。それはもしかして「デイビッドくんの何か大事なセンス」と関りがあるのかもしれない。


そういうこだわりを「面倒くさいヤツ」と切り捨てていいの?

面倒くさいこと、こだわりをたくさんすくい上げていこう。

以前の書店では、Twitterやウェブサイトでは自由に書くことが許されていなかった。今度は違う。丸尾さんは自由に書いていいって言ってた。



「性格が悪かったりするんだよね「」……一時間もしないではっきりとわかった。それがまったくの誤解であるということに。デイビッドくん。「プロ風インタビュー」では、ヘンテコなモードでしゃべっていたけれど、それ以降はていねいな言葉で話してくれたし、すごく気を遣ってくれる。「顔を拭いたほうがいいです」とほこりで汚れた舞鳳にウェットティッシュを貸してくれたし、「さっきもらったけど、オレ、飲まないから」と言って、ペットボトルのお茶をくれた。ゴールの裏を通るときは「あ、ボールが飛んでくるかもしれないから気をつけてください」と声をかけてくれた。


小学生とは思えない。

ん?! 

もしかしてわたし、小学生を見下していた?!


「トリックスターズの取材もしたいんだ」と打ち明けると、デイビッドくんは「今日はもう試合ないから案内します」と言って、少し離れた位置にあるコートまで舞鳳を連れて行ってくれた。


七海さん、アッキィさん、その他のママさんパパさん、チームメイトたちとはいったん別れて、二人きりで試合会場の河川敷グラウンドを歩く。小学生とはいえ、男の子と二人きりで歩くのは、舞鳳にとってはいつ以来か思い出せないくらい前のことだった。何を話していいのかわからない。ひとまず当たり障りのないところから……


「さっき頭も洗ってたけど、シャンプー好きなの?」

「好きなはずないじゃないですか、面倒くさいです。あそこ、水しか出なくてメッチャ冷たかった」


じゃあ、何で――


「でもキレイにしておかなくちゃと思って。初めてちゃんとしたインタビューを受けるわけだし」



ち ゃ ん と し た


イ ン タ ビ ュ ー



舞鳳は動揺した。自分が記者だということを聞いて、彼はもしかして「すごく喜んだ」のかもしれない。なんか……ごめんなさい。反省ばかりだ。


ついさっき七海さんから「じゃあさ、うちの子を取材したら?」と言われただけ。しかも「きっとウケるから」という流れからの、軽いノリだった。それなのにデイビッドくんはシャンプーまでして綺麗にしてからこのインタビューに臨んでくれた。



――プロだからね、オレは



彼にとっては記念すべき「初めてのインタビュー」なんだ。そしてそれは自分にとっても――二人にとって「初インタビュー」。なのに自分、ぜんぜん気持ちが入ってなかった。


舞鳳は姿勢を正す。

デイビッドくんはというと、もともと姿勢がいい。いや、たぶんこれは「もともと」ではない。どんなときも姿勢を良くしておこうという「プロ意識」からくるのかもしれない。舞鳳は脳内でデイビッドくんの言葉を反芻した。


「髪の毛の先からスパイクの先まで、全部パーフェクトにするつもりで生きているんだ」


ん?! 

反芻って言葉はもしかしてアウトですか?!

丸尾編集長にこんな字読めるかって……それこそ殺されちゃうかな。

そんなくだらないことを想っていると、デイビッドくんに逆インタビューされた。


「マドリさんはシャンプー好きなんですか?」

「え?」


ぼーっとしていて何の話か忘れてた。あわててテキトーに返す。


「あ、うん。大好き」

「シャンプー中ってひまじゃないですか? 手は離せないし、目は閉じてるし。オレ、ヒマなのキライです。シャンプーのどこが好きなんですか?」

「ん? えっと……」


わたし、何でシャンプー大好きなんだっけ?

デイビッドくんは大好きな「デイビッド・ベッカム」について即答していた。

あらためてそれはすごいことだと感心する――なんて感心している場合じゃない。


「わたしの場合、決めてるんだ。その日に何があったか、最初から最後まで思い出すことにしてる。シャンプー中に」


大好きな理由になってないし!

ていうか「ヒマのつぶし方」のレクチャーになっている!


「おお! そっか。オレも今度からそうしよう。オレ、その一日のこと思い出すヤツ、寝る直前にやってるんですよ。そっか。タイミング的にはシャンプーのときがいいですね。寝る直前だと嫌なことがあった日、寝られなくなるときあるから」


嫌なことがあった日――舞鳳はいっしゅん固まる。「カーストが下」というフレーズが頭をよぎる。


「さっそく今日からやろう。ナイスなヒント、ありがとうございます!」


いきなり感謝された。SNS上でもときどきいるが、人のアドバイスを吸収・活用できるタイプなのかもしれない。舞鳳の日記観察経験からいうと、そういう人はたいてい成功している――というのも、ひどい思い込みかもしれないけれど。



話をサッカーに戻すと――「トリックスターズ」を七海さんとアッキィさんが知らなかったのは、創設されたばかりの新チームだったからだ。そんな新設チームの存在をデイビッドくんが知っていたのは、一人の仲間がいたからだ。


「このチームに朝練仲間が入っているんです」

「朝練仲間?」

「はい。いっしょにはやらないし、しゃべったことも一回だけだけど」


まず、朝練をする子がいる、ということ自体が舞鳳の想像のはるか外だった。

朝からサッカーをやってるの? 

学校に行く前にサッカーをやるの?!

疲れない? 毎日?

雨の日もやるの?


デイビッドくんの一言一言について、いろいろ聞きたいことだらけだが、気持をおさえて、目の前の情報に集中する。


「ええと……どの子?」

「名前は知らないんですけど……たぶん、7番をつけてると思います」

「7番? なんで?」

「あの子、練習のときからずっと7番しかつけてないから」



あら?!


あまり人の顔を覚えるのが得意ではない舞鳳だが、デイビッドくんのママ、七海さんが、書店員時代の舞鳳を記憶していたように、舞鳳の脳内でいきなり過去の記憶と目の前の現実とがリンクした。


あの7番の子――見たことある!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る