斥候対斥候

 「なんだ、戦争中なのに妹と乳繰り合うのか」

 「なにをいってるんですか、ハーラントさん。私たちには乗馬が得意なものがいないので、敵に見つかったときに――」

 ニヤニヤしている族長に気がついて、私はからかわれていることに気がついた。

 「ユリアンカに、替え馬を二頭つれて私のところまで来るようにいってください。偵察はしますが、戦うことはないはずです。みなさんは、このまま西に進んでください。私たちが追いつけないほど進まないように頼みます」

 そこまでいうと、ハーラントのところから、自分たちの野営地に戻る。兵士たちが昨日作ったかまどに鍋をのせ、干し魚の入った麦粥をつくっているところだった。炊事による細い煙が立ちのぼり、もし敵が夜を徹して行軍していたのであれば、いい目標になるだろう。

 だが、食事の用意を止めるつもりはなかった。見晴らしのいいこの場所でなら、私たちの兵士は敵の姿を見れば即座に戦闘態勢を取ることができるだろうし、逃げだすこともできるだろう。長時間の追撃戦には、しっかり休んでしっかり食べることが必要なのだ。


 ユリアンカと二人、東へ馬を進める。二人ともできるだけ足の速い馬を二頭替え馬として連れてきていた。ユリアンカは大太刀を背負い、私は半弓を鞍に引っ掛け、えびらを腰に巻いている。半弓ならウサギくらいなら狩ることもできるし、飛び道具があるということで敵を威嚇することもできる。

 「ユリアンカさん、敵も斥候を出している可能性が高いです。周囲に目を配り、不意打ちをくらわないようにしましょう。敵を見つけても戦うことはありません。敵との距離を調べるのが一番の目標ですから」

 「久しぶりなのに、ジジイは他にいうことないのかよ」

 併走するユリアンカが怒鳴った。

 「ジジイじゃなくて、ローハンですよ。こうやって、二人でくつわを並べて走れるのは本当に幸運でした。ケガの具合はどうですか」

 「もうすっかり元通りだよ。なんなら試してみるか」

 そういいながら、ユリアンカは笑いながら大太刀を抜いた。そもそも真剣ではユリアンカにかなうわけはないし、仲間どうしで戦う理由もない。

 「あなたは強い。しかし、それでも相手に大ケガをさせられたことを忘れないようにしてください。敵には弓もある。あなたなら、矢の一本や二本なら斬り落とすこともできるかもしれませんが、敵に馬弓兵がいれば、立て続けに数本の矢を射かけてくるかもしれません。油断は大敵です」

 ユリアンカは大太刀を鞘に収め、面白くなさそうに前を向いた。

 「面白みのないジジイだな。そんなのだから、女に相手にされないんだよ」

 私が女性に相手にされないことは、ここでは関係が無いだろう。その後も、どうでもいいことをはなしながら馬の歩みを続けた。


 体感時間で二刻ほど過ぎたころだろうか。前方に二騎の兵士が見えたような気がした。

 「ユリアンカさん、あそこに見えるのは敵の騎兵じゃないでしょうか。数は二、敵の斥候である可能性が極めて高いと判断します」

 「オッサン、どうすんだよ。二対二なら勝てるんじゃないか」

 大太刀を抜いたユリアンカは、全身に今にも敵に躍りかからんとするような闘気をまとわせている。だが、私が戦力にならないことを理解していないようにも思える。

 「戦いは絶対に避けるつもりです。距離があるうちに、馬を乗り換えましょう」

 ユリアンカと私は、予備の馬に乗り換えて敵の接近を待つ。相手の二騎も、どうするべきか判断しかねているようだ。

 「戦いは厳禁です。ですが、敵の正体を確認する必要もあります。少し進みましょう」

 馬上で半弓を手にした私は、ユリアンカとともに敵の方へ向かうことになった。

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