戦友との別れ

 春暁しゅんぎょうの空は澄み渡り、空気は冷たく凛としているが、どこか暖かさを含んでいた。

 通常は戦闘の邪魔になる天幕や馬車をどこかに置いて、騎兵と兵士だけで作戦をおこなうのだが、あまりに敵の拠点から近く、今回は示威じい行動が主なためにすべての荷物を運んできている。荷を運んでいるため、キンネク族の半数、ナユーム族の三分の一の騎兵が即座に戦闘に参加できない状態だが、騎兵がいないのであれば問題はないだろう。ライドスの見立てでは、騎兵部隊はもう少し東にあるギュッヒン侯の前線基地に集結しているとのことだ。いざというときは西へ戻るのだから、これも問題はないだろう。

 少しずつイブラントの町に近づいていく。攻撃するわけではないので、弓の届かない距離を取ることが一番肝要だ。薄暮の中で、徐々にイブラントの町がその姿を表す。なるほど、偵察部隊と出会わなかったのは、こういうことか。

 深い堀に高い柵。出入り口には拒馬きょばが置かれている。町というより立派な要塞だ。この規模の陣地に千を超える兵士が立てこもれば、数倍の兵力がいないと圧倒することはできないだろう。城や要塞を攻め落とすには敵の三倍の部隊が必要だというのが兵法の基本だが、土と木で作られたこの簡易的な砦を攻め落とすためには、最低でも倍の戦力を投じる必要がある。

 「隊長、鐘の音です。あそこに見える物見櫓ものみやぐらが鳴らしているようです」

 ツベヒの指さす方を見ると、かなり高い物見櫓が見える。周囲を睥睨へいげいする見張り台があるなら、頻繁に斥候部隊を送る必要もないだろう。

 「計画通り敵に気づかれた。このまま進路を西に向けて進むんだ。まずは荷物を運んでいる騎兵と馬車、戦闘できる騎兵は一番最後だ」

 十二分に距離は離れており、敵の弓兵の危険もない。見張り台の人間は、私たちがなにをしに来たかよくわからないだろうが、異形の騎兵が百六十騎もいるのを見れば、警告の鐘を鳴らすしかないだろう。

 「こちらの敵は騎兵だけだ。敵がどう出るか、注意しておいてくれ」

 イブラントの町からは警報の鐘の音が鳴り響いているが、敵の兵士が出てくる様子はない。この騎兵戦力に対抗するためには歩兵なら一個大隊が必要になるし、全部隊の半数を出撃させることを躊躇するのは当然だ。頭と手足を甲羅の中に隠しておけば安全な亀が、わざわざ手足を伸ばして歩く必要があるのだろうか。

 「このまま、もう少しだけ南西に進む。そこで、ジンベジはライドスを連れて国王軍のところへ向かってくれ。これはタルカ将軍への手紙だ。無理に戦わなくていい。ライドスと帳簿を、タルカ将軍へ絶対に渡すんだぞ」

 ジンベジは小さくうなずいた。現在の配下の中では最古参の兵士であり、鬼角族との訓練で槍の扱いにかけては名人の域に達している頼りになる男だ。だが、戦いがまるでダメなライドスの護衛として、ジンベジ以上の人物はいなかった。シルヴィオとイングは馬術が全くで、騎兵に追撃されると逃げることも難しいだろう。ツベヒは指揮官として優秀だが、個人の武勇はそれほどでもない。まるで片翼をもがれるようではあるが、ジンベジ以外に適任者はいないのだ。

 一刻ほどゆるゆると進むが、敵は陣地から出てこなかった。そろそろ潮時だろう。

 「では、ジンベジ君とライドス君は、ここから国王派の町へ向かってくれ。武運と幸運を祈る」

 私たちの騎兵がいなければ、敵は少ないながらも騎兵部隊で伝令を襲ったかも知れない。しかし、この規模の騎兵部隊が町の近くに集結するとは夢にも思っていなかったはずだ。イブラントの町にいる駐屯部隊は、陣地に立てこもることで安全を選んだことになる。

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