イブラントの町

 ライドスをタルカ将軍のところに送れば、敵軍の貴重な情報を伝えることができる。補給物資の量で、敵の配備をはかるというのは盲点だったが、この情報をこちらが得たことを敵も気がついているだろう。だが、部隊の配置を変更することは簡単なことではないので、この情報の価値がすぐになくなるわけではない。

 「ライドス君、この情報はタルカ将軍に伝える必要がある。私たちが敵の陣地を攻撃するので、そのまま君は味方の陣地に逃げるんだ。私から手紙を書いておくから、絶対にこの情報を届けてくれ」

 敵が追撃のために部隊を送ってくるのは、もう少し先のことだろう。ちょうどツベヒが戻ってきたので、兵士たちに葡萄酒を一杯ずつ振る舞うことを頼んだ。今日は負傷者もなく、敵を全滅させたのだ。それくらいの褒美があっても罰はあたらないだろう。

 「それではライドス君、どこを通れば一番安全に味方の陣地に戻ることができると思う? 私はこのイブラントという町だと考えるんだが」

 黄ばんではいるが、上質の手紙用の紙をつなぎ合わせたライドスの地図を見ながら、現在の場所から馬で三日ほど南に下った町を指さした。

 「そうですね。ここなら国王派の拠点に一番近いはずです。しかし、国王派が攻撃してくる可能性が高い拠点なのですから、しっかりとした防御がされていると思います。帳簿によると、イブラントには、二個大隊を養うだけの補給物資が送られています」

 定員を満たしているなら、イブラントの町には千名以上の兵士が駐屯しているはずだ。

 「どれほど堅固な陣地があっても、私たちは敵の町を占領するのではないから問題はない。どれくらいの騎兵がいるかが問題なんだ」

 「馬のための飼料が送られていますが、その量は微々たるものです。騎兵部隊がいるとは思えません」

 重騎兵が乗るような馬は、草だけではなく大麦なども食べさせることで力を強くしている。しかし、補給物資の内容から考えると、ギュッヒン侯秘蔵の重騎兵部隊がイブラントの町にいないことは間違いないようだ。

 「それでは、私から手紙を書いておくから、攻撃のドサクサに紛れて国王派のところへ駆け込んでくれ。今日はゆっくり休んでくれ。君も葡萄酒を飲んでくればいい」

 ハーラントに、明日出発することを伝えなければならない。ワインで酔っていると困るなと思いつつ、天幕を出てキンネク族のところへ向かった。


 たらふく飯を食い、一杯とはいえ酒を飲んだ翌日の兵士たちの士気は高かった。いくら満腹しても、麦だけの食事は味気ないものだったが、玉ねぎと干し魚は食事に楽しみを与えてくれる。

 春の訪れにより、雪が溶けて焦げ茶色の地面が所々のぞいていた。

 「みな、今日の麦粥に入れる香草ががあれば摘んでくれ。玉ねぎと魚もいいが、もうひと味欲しいからな。あと、ルブの葉があれば摘んでおいて欲しい」

 「隊長、ルブの葉は毒ですよ」

 シルヴィオが思わず声を上げた。

 「ああ、わかっているよ。食事のためじゃない。別の用途に使うんだ」

 ウバの根でできた、しびれ薬はあるのだが、人間にはほとんど効果がない。だが、ルブの葉と混ぜれば別ものとなる。時間はまだまだある。敵の姿が見えるまでに、いろいろとやっておくべきことがあるのだ。


 ほとんど誰とも遭遇することなく、私たちはイブラントの町の近辺まで進んだ。前線には斥候を送り、常に敵の動向を注視しているはずなのに、後方からきた百六十人の大所帯を見逃すというのも不思議なものだが、よほどの事でもない限り後方から忍び寄る敵のことまで警戒することはない。騎兵がいても、完全に偵察要員だろう。このまま夜になるまで待ってから、イブラントの町を夜襲することも一つの作戦といえるが、兵の消耗のことを考えると手放しには賛成できない。

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