消耗

 念のため、もう一度鏑矢かぶらやを連続で使い、私たちは天幕のある場所まで撤退した。

 イングは私の馬に乗り、背にしがみついていたが、追跡してくる敵がいないので問題にはならなかった。帰り際に、軽騎兵たちに小麦の大袋を一つずつ回収させ、死んだ馬から鞍を外してシルヴィオに持たせる。

 これほど長距離を移動し無警戒の敵陣を攻撃したにしては、その鹵獲ろかく品は貧相なものだ。得たものは槍六本、小麦十袋、鍵のかかった機密箱。それに対し私たちは馬を一頭失って、右肩に大きなケガをした。勘定書きは大きく赤字だろう。問題は鬼角族たちが、どのくらいの戦果を挙げたかだ。

 天幕のある場所に帰り着くと、ジンベジに頼んで刃先をあぶった短剣で肩の傷を切開し、やじりを取り出してもらった。鏃には返しがあるので、その場で抜くと大量出血につながるのだ。自分の体が切り刻まれる痛みに耐えるため一本の矢を貰い、その矢柄やがらに布を巻き付けて、馬のはみの様に加えていたが、処置が終わる頃には矢を食いちぎってしまっていた。

 外道の処置に慣れたものが私だけだという事もあり、傷は縫わず、火酒で傷口を拭いて化膿止めの軟膏を塗るだけにしておく。自分の傷口を縫う勇気はない。

 処置が終わる頃、ぼつぼつと鬼角族たちが戻ってくる。朝焼けの光の中に、二騎、三騎とバラバラではあるが、みな思い思いに何かを抱えているようだ。大きな袋、樽、剣を何本も持つものもいる。予備の馬は置いていったはずなのに、馬を二頭、三頭連れ帰るナユーム族の戦士たち。馬がいたなら、我々も手に入れたかったが仕方ない。

 「おい、ローハンケガをしたのか」

 キンネク族の族長ハーラントは、乗馬以外に二頭の馬を連れていた。鬼角族にとっては馬こそ富の象徴なので、真っ先に馬を狙い、手に入れてきたのだろう。

 「ああ、恥ずかしながら弓でやられた」

 「あんな暗闇で、弓なんて当たらないだろうよ」

 目の前に飛び出してきた兵士に、至近距離から矢を射られたなどとはいえないので、笑ってごまかしておく。

 「ハーラントさん、戦果はどうだった」

 「我は馬をいただいてきた。太刀を持たぬものは、敵から奪ってくるように命じたので、これで少しは戦いもはかどるだろう」

 「昼までここで待つ。エナリクスさんにも、そう伝えて欲しい。その後ここから移動するので、休めるものは休息をとってもらいたい。ケガ人がいるなら処置するので、この天幕まで連れてきてもらってくれ」

 ケガ人がケガ人を治療するというのも不思議だが、私の処置が一番ましだろう。


 二刻ほど待ち、ハーラントに帰還した兵士の数を確認してもらう。

 キンネク族が五十三人、ナユーム族が八十九人。鬼角族の騎兵を十六名も失ったわけだ。これは鬼角族の一割にあたる。敵にどのくらい被害を与えたのかはわからないが、大きな被害であることは間違いない。ところが、鬼角族たちは誰一人悲壮な顔はしておらず、元気のあるものは戦利品を自慢しあっていたりするのだ。以前も感じたことだが、戦いで人が死ぬことに対する感覚が違いすぎるのだろう。

 残りの一刻、私も少し横になり眠ることにした。傷からおこる発熱はまだないが、化膿すればどうしようもない。私は死ぬ。右肩の痛みにも関わらず、私の意識は暗闇の中に落ちていった。


 短い時間でも眠ったことで、頭はすっきりしていた。

 太陽は天頂にかかり、約束の六の鐘が鳴る時間になったようだ。

 眠っている間に、キンネク族とナユーム族の騎兵が一名ずつ戻ってきたので、私たちが失ったのは十四名ということになる。命令も出していないのに、ほとんどの天幕がたたまれていた。ツベヒの仕業か。無能な指揮官とは違い、気が回る男だ。右腕が動かないが、そろそろここを離れるべきだろう。

 「ハーラントさん、そろそろ出発しよう。ここでできることは、すべて終わった」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る