町長のところへ

 敵兵三十三名のうち、生き残っていたものは四名、うち二名はすぐに息を引き取った。ほとんど無傷なのはガスパという兵士だけで、もう一人は右耳をそぎ落とされて激しく出血している。

 接敵時間は瞬きするほどの時間だったが、ほとんどすべての兵士をほふっている。ナユーム族の戦士が持つ戦闘力に脅威を感じながらも、貧弱であっても槍衾やりぶすまをつくれば、騎兵の突撃速度を弱めることができたはずだとも思う。死にたくないという気持ちが、より確実な死を招いてしまうというのはよくあることだ。

 ふと、隊列の後ろに倒れている一人の兵士に視線が吸い寄せられた。左手には、弓手特有の革手袋。横には弦の斬られた大弓が転がっている。この男が、百二十歩は離れていた私たちを射貫くだけの腕を持った弓兵なのか。生きていれば味方になってもらいたかったが、果たしてこちらに寝返るような人物だったのかは、今となっては永遠にわからなくなった。

 弓に射られたナユーム族の二人は死んでおり、残りの二人は左肩と脇腹を射貫かれており、傷が化膿せずに生き延びたとしても、戦闘には参加できそうにはない。二人に応急処置を施し、とりあえずその場に寝かせておいた。

 「よし、全隊集合。今日はこの町で一泊する。敵の遺体は敬意をもって埋葬する。ツベヒ君は部隊に命じて、穴を掘って欲しい。シルヴィオ君は槍を集めてくれ。だぞ。ライドス君とイング君はこちらへ来てくれ。それでは日が暮れる前に全部片づけよう」

 私の命令で、ツベヒがてきぱきと指示を出し、部隊は散開して穴掘りをはじめた。浅いとはいえ、一人で三人の墓穴を掘るのは重労働だろうが仕方ない。

 私が命令を下してすぐに、ナユーム族とキンネク族が戻ってくるのが見えた。ナユーム族は速足で馬を走らせ、飛び降りるように死体へ飛び掛かる。

 穴を掘っている兵士たちから、どよめきがおこったが、こちらは十名でナユーム族は百名だ。襲い掛かるような無謀な兵士はいない。

 「ハーラントさん! ハーラントさん!」

 私はキンネク族の族長に呼びかける。ほどなくして、肉だるまのような族長が姿を見せた。

 「戦利品は、勝者の権利だ。だが、死体を辱めるのはやめてもらいたい。それだけは守ってくれ」

 ツベヒや兵士たちにもきこえるように怒鳴る。半分は味方への慰めだった。

 ハーラントが死体漁りの兵士たちに声をかけるが、一瞥されただけで、身ぐるみをはがす作業は続いた。

 「ハーラントさん、あちらにナユーム族の二人の遺体と、二人のけが人がいる。エナリクスさんに伝えておいてくれ」

 肉だるまのような族長は、ナユーム族の方へ姿を消した。あとでナユーム族の族長になにをいわれるかわからないが、とりあえず先にやらなければならないことがある。

 ライドスとイングを連れ、フェイルにあった大隊本部の場所へ向かう。予想どおり、そこには大隊本部だった頃よりは一回り小さい天幕があった。

 イングに目配せをすると、忍び足で天幕の近くまで近づき、そのまま中に飛び込んだ。

 「親父、中には誰もいませんよ」

 天幕の入り口から、ひょっこりと顔を出すイングに導かれ、ずかずかと天幕の中にはいる。

 灯りがないので中は薄暗い。テーブル、書類の入った行李こうり、本部は酒保しゅほも兼ねているようで、小さな樽に入った火酒を見つけた。けが人のために、これは貰っておこう。食料などがどうなっているのかはわからないが、先に町長のところへ一声かけておかなければならない。

 「ライドス君、町長の家は知っているか」

 「はい、しばらくフェイルの町におりましたので、存じております」

 私たちの部隊で、実際に士官のなかに交じって活動していたのはライドスだけなのだ。

 「では、そこまで案内してくれないか。今回は、君の経験をいかす機会でもあるぞ」

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