失敗の償い

 静寂が戦場を支配したのは一瞬だった。

 吠えるような怒声が響き渡り、稲妻のように軍馬が駆けだしていた。

 左翼のナユーム族だ。強弓に射貫かれ、落馬したのもナユーム族の誰かのはずだ。戦わずに勝つという私の目論見は、もろくも崩れ去った。敵にあれほどの弓兵がいるなら、ここで棒立ちになっているのは良い的になる。

 「全軍突撃!」

 相手の愚かさや、無益な戦いであることなどはどうでもいい。

 戦うしかないのだ。

 馬の腹を蹴り、真っすぐに敵陣へ突き進む。

 もちろん、相手の殺気を感じると、動けなくなる私が突撃をしても仕方ないのだが、指揮官が前に進むことで後続の騎兵もそれに続くことになる。

 ナユーム族が敵の槍兵のところへたどり着くまでのわずかの時間、確かに三度弓鳴ゆなりがきこえ、そのたびに騎手が馬から振り落とされるのが見えた。予想以上の腕前だ。

 一拍の出遅れで、ナユーム族の後塵を拝することとなったが、敵に弓兵がいるのであればかまわない。

 ナユーム族の迫力に、槍衾が作られることもなくバラバラになり、そのまま馬群に飲み込まれていった。

 敵の槍兵を蹂躙したナユーム族は、そのままフェイルの町になだれ込んでいく。

 町民が家の中に隠れていることを祈るしかない。

 「ハーラント、この町は後々私たちの拠点になる。エナリクスに町民を殺さないようにいってくれ」

 大きくうなずいたハーラントは、キンネク族の騎兵を引き連れてナユーム族を追う。

 「全員下馬! 敵兵が生きているかどうか確認しろ。殺すために確認するんじゃないぞ。ケガをしているなら治療する」

 倒れている敵兵にもきこえるように大声で叫んだ。死んだふりをしていて、死なばもろともなどと考えられるのはまずい。

 「ケガをしているなら、治療してやる。斬りかかってきたりするなよ」

 そういいながら、倒れている兵士を調べていく。

 左肩から胸にかけてザックリと大太刀によりえぐられている。息はない。槍を離れたところへ放り出しておく。

 その横に倒れるのは、服装からすると士官かもしれない。頭の左側から激しく出血していたが、今は血が噴き出していないことからも死んでいるのがわかる。知らない顔だった。知り合いなら降伏してくれたかもしれない。

 「隊長、この男生きてますよ」

 ツベヒの声がした方へ向かうと、地面に一人の兵士が横たわっていた。浅い呼吸で胸が上下しているのがわかる。腰の短刀を外して後ろへ放り、軽く頬を叩いて起こそうとする。その目はうつろで、なかなか意識が戻らなかったが、何度か頬を叩くことで次第に目の焦点が合ってくると、大声で呼びかけた。

 「おい、君。目を覚ませ。戦いは終わったんだ。起きろ」

 男は目の前にある私の顔に気がつくと、驚いたように体を震わせた。

 「君の名前はなんというんだ、名前だ」

 「ガ……ガスパです」

 「それではガスパ君、君は今から私たちの捕虜だ。命の安全は約束するから逃げようとするなよ」

 状況を飲み込めないガスパという男は、ただうなだれているだけだった。

 「ガスパ君、ひとつききたい。なぜ戦おうとしたんだ。こちらのほうが圧倒的な戦力だったじゃないか。なぜ戦った」

 「俺たちも、戦いたいわけじゃなかったんだ。ヴェナンド隊長が、抵抗せずに降伏するわけにはいかない、軽くひと当たりしてから降伏するほうがいいっていうから」

 軽くひと当たり、などということはあり得ない。一度戦いが始まると、殺すか殺されるかだ。

 「そのヴェナンドというのは、あそこで死んでいる男か」

 兵士は死体を見ると、大きく嗚咽をあげる。

 ヴェナンド隊長は、自分の失敗を償ったわけだ。

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