目的

 エルムントの息子エナルクスは、線の細さこそあるが、長身で均整のとれた体格をしていた。

 小柄で肉ダルマのようなハーラントとは、対照的ではあるが、二人とも内面からあふれる力が表にあふれ出しているという意味では同類のようだ。

 人数と同じだけの馬しか持たない私たちとは違い、一人で数頭の替え馬を連れるものもおり、ナユーム族の百名の騎兵たちは、まるで人間の軍でいうところの騎兵大隊のような規模に見えた。

 「親父、こいつらなんでこんなに馬を連れてきてるんだ」

 そりに乗るイングが、ナユーム族の騎兵たちをみて声をあげる。

 「荷物を運ぶ馬、戦闘の時に使う馬、長距離移動の時に使う馬。馬の仕事を分担することができるし、乗りかえることで馬の疲労を減らし、長距離を行軍することもできる。いざとなれば食料にもできるし、馬の使いみちはいくらでもある」

 「馬を食料にするなんて、金持ちなんだな、こいつらは」

 感心したような声をあげるイングの横で、シルヴィオがあきれたような顔をしていた。

 「イングさん、そんなの常識じゃないですか。かつての鬼角族との戦争では、西方で戦っているはずの鬼角族の騎兵が突然都を襲撃し、あやうく占領されそうになったことくらい子どもでも知ってますよ」

 二百年は前の戦いのことなど知っているほうが珍しいと思うのだが、都には鬼角族をここで撃退したというがあるので、歴史に興味のある人間にとっては常識なのかもしれない。

 「そんなこと知るわけないだろうが。親父も知りませんよね」

 こちらを見るイングに、できるだけ申し訳なさそうに答える。

 「残念ながら、私は知っている。まあ、普通の人は知らないだろうな。都には鬼角族をこの場所で撃退したという碑があるから、それを知っているかどうかじゃないかな。シルヴィオ君もそうなんじゃないか」

 居心地の悪くなった私は、シルヴィオに話題を振った。

 「さすが隊長、よくご存じですね。実は、あの碑の近くに住んでいたんですよ」

 「なんだ、それなら俺が知らないのもとうぜんじゃねぇか。親父は物知りだから当然だが、お前みたいなのが知ってるのはおかしいと思ったんだよ」

 そういえば、ルビアレナ村で布草からつくった紙を見たときに、誰でもが理解できるような戦術の基本を書いた教本のようなものを書くのも悪くないと考えたことがあった。歴史には詳しくはないが、戦史に関しては自分以上に知識を持つ人間はあまりいないと自負もしている。もし、この戦いに勝ち生き残ることができれば、若い兵士たちのために本を書こう。ルビアレナ村には鍛治技術だけではなく、安価な紙を生産できるという利点もある。食料不足は、ある程度紙の売却で補うことができるだろう。

 「まあ、そういうな。戦いが終われば、君たちには士官として恥ずかしくないような教育をつけてやる。こう見えても、わたし以上に戦争のことを知るものは少ないんだぞ。戦術や戦略についての虎の巻を君たちには贈呈しよう」

 「ぜひお願いしますよ。うちの家宝にします!」

 イングが嬉しそうに叫んだ。

 「隊長、ぜひ私にも、その教本をいただけますか」

 イングの隣に座るシルヴィオも声をあわせる。実際、士官学校でも体系化された書物はない。神が与えた訓練トレーナーという贈物ギフトがあるがゆえに、軍の書物を自由に閲覧えつらんできる立場にあったことは異例中の異例なのだ。

 人はいずれ死ぬ。だが書物は残る。場合によっては永遠に。

 これで、私にも生き残る理由ができた。

 「わかった。戦いに勝ち、君たちが士官になるときに、その本を進呈しよう。楽しみにしてくれ」

 人生に目的があるというのは、素晴らしいことだ。

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