賭けるもの

 鎧の修理に二日かかるということで、その二日間はイングとシルヴィオがどの程度馬に乗れるようになったかを確認したり、装備の手入れをする時間に当てた。多くの兵士たちは、ただ食べて眠るだけだが、英気を養うためには必要な時間であっただろう。

 イングの乗馬はひどいもので、ただ鞍の上に座っているというだけにすぎなかった。シルヴィオも同様で、この二人を騎兵として使うのは難しいことがわかった。今回は、二人でそりに乗ってもらうのが最善の選択だろう。そんなこんなで、すぐに二日は過ぎていった。


 すべての準備が整い、私たちはさらに西へ進む。

 天幕の中に十八頭の馬と、十八人の兵士が眠ることになった他は、かわりのない旅だ。休息がよかったのか、兵士たちの意気は高い。


 「ハーラントさん、例の提案について真剣に考えてもらったかな」

 馬のくつわを並べ、隣を進む族長に声をかける。

 「草の道を変えるということか。我らの先祖が切り開いた道を変えるなどといえば、皆がなんというかわからんぞ」

 「西にある水場をナユーム族に渡し、かわりにチュナム集落を新しい水場にするほうが、間違いなく安定した生活をおくることができるはずです。人間との距離は近くなりますが、今後は私たちと交易することで豊かな生活をおくれるはずです。さらに、戦争に勝利すればタルカ将軍に頼んで、補助部隊として俸給がでるような契約も結ぶことができると思いますよ」

 騎兵を一人前にまで育てるには、長い年月と費用が必要になる。そのことを考えれば、全員優秀な騎兵である鬼角族を雇用する方が間違いなく有利なはずだ。要請があれば応じるといった約束でも、俸給を支払うだけの価値がある。そのことを、これから証明するのだ。

 「ローハンよ、我はお前のために、かなり無理をきいてきたつもりだ。お前の望みは、キンネク族の戦士として恥ずかしくないことだった。だが、父祖伝来の水場を譲ることは、今までのこととは違う」

 こればかりは、合理的に割り切れる問題ではないのかもしれない。しかし、なんらかの譲歩を与えないとナユーム族のエルムント族長が兵を派遣してくれるとは思えない。

 「それにローハン、あの羊たちはどうするつもりなんだ。あの草が食べられなければ、あの連中ももともと居た場所に戻らなければならないんじゃないか」

 「黒鼻族については、草だけではなく、小麦なども食べられることがわかっています。ルビアレナ村は、西方では非常に価値のある場所です。その防衛という理由で、食料の供給を依頼することができるはずです」

 自分でいいながら、私はその説明に疑問を感じていた。

 なるはずです。

 なると思います。

 できるはずです。

 すべてが不安定な未来への希望にすぎない。本当はどうなるのか、といったことは私のような下っ端にはわからないのだ。推測を真実のように語ることは、嘘をいうことに等しい。嘘は長い目でみると、結果的に自分自身の首を絞めることになる。

 「いや、そうなるというのは私の推測にすぎません。戦いに勝てば、という条件のもとでです。私たちがいくら活躍しても、タルカ将軍がギュッヒン侯に敗れれば、すべては水泡に帰します」

 ハーラントはあきれたような顔で、こちらを見た。

 「そんなことで、よくも我を頼れるもんだな、お前は」

 「嘘をつくことは簡単です。しかし、あなたには嘘をつきませんよ。私の個人的な意見ですが、冬までにけりをつけることができなかったということそのものが、ギュッヒン侯にとってはすでに敗北なのです。これは賭けですが、どちらに賭けるかといわれれば、私は自分たちの陣営に賭けますよ」

 「我の命なら、喜んで賭けよう。だが、仲間達の命を賭けろというのか、お前は」

 少しだけ、ハーラントの顔が険しくなった。

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