穂先

 ナユーム族の冬営地につくまでのあいだ、ハーラントはずっと難しい顔をしていた。おそらく、私の提案した条件について考えていたのであろう。放牧のための水場を変更するという事は、遊牧民にとってはとんでもないことであるし、西方の平原に暮らす鬼角族にとっても勢力圏が変わるという意味で大事おおごとのはずだ。微妙な空気が流れる中、明日には冬営地に到着するところまでたどり着いた。


 十名の兵士達全員に胸甲と兜、鎖帷子をまとわせると、その姿はまさに軍の精鋭中の精鋭である重騎兵であった。たとえハリボテであっても、外面からはわからないはずだ。ルビアレナ村に暮らす鍛冶屋の腕前は予想以上だった。全員が馬上槍を持ち、横一列に並ぶ姿は恐るべき脅威だ。

 「ハーラントさん、この騎兵たちはどうだ。なかなかなものだと思うが」

 不機嫌だった族長は、重騎兵たちをみて鼻で笑った。

 「動きにくそうな鉄の塊だ。こんな連中、我の大太刀で真っ二つにしてやるわ」

 鬼角族は優れた騎兵だが、近代戦における重騎兵の重要さがわかっていない。重騎兵の突撃のみが戦列を打ち崩すことができるし、重騎兵が参加する戦いにおいて、軽騎兵は偵察と側面攻撃においてのみ有用である。重騎兵に対抗できるのは、その鎧を貫くことのできるいしゆみや長弓を装備した部隊だけだが、いしゆみは製造するのが難しいし、長弓兵は訓練に時間がかかる。

 「あまり油断すると、しっぺ返しを食らいますよ。あなたの一閃は恐ろしい威力がありますが、胸甲や兜を切り裂くことはできないかもしれません。前に練習したように、硬い鎧のない足や手を狙えば、骨をくだくことができるということを忘れないでください」

 族長は、露骨に鼻白はなじろんだ顔をした。

 そういえば、ルビアレナ村の鍛冶屋が作ったいしゆみは、強度や威力において一級品であった。重騎兵といえども、あのいしゆみであれば貫くことができるだろう。ひなにはまれな技術水準だといえる。いろいろと考えていたその時、先行していた鬼角族の戦士が戻り、何事かをハーラントに伝えた。

 「ローハン、ナユーム族の冬営地が見えたようだぞ。どうする。今の時間なら、男たちが出払っているはずだが」

 「この時間帯に訪問することは、礼儀に反することではありませんか。もし、特に問題がないのなら、このまま冬営地に向かいましょう」

 「我らのように人手が不足しているのでないかぎり、エルムントの爺はおるだろう。留守を襲うわけではないのだから、礼を失するわけではない」

 「だったら、このまま進みましょう」そう答えると、振り返って兵士たちに声をかける。「重騎兵は整列! 一列横隊! 訓練の成果を見せてくれよ。一糸乱れぬ横隊だ。私とハーラントさんの後ろについてこい。他は重騎兵の後だ!」

 見栄えのいい重騎兵を後ろに並ばせることで、ナユーム族を威嚇するのだ。そのために訓練を積んできた。短い準備期間を馬上での戦闘訓練には費やさず、重騎兵の装備を身につけての横列を維持したままでの行軍訓練ばかりおこなった。戦闘力はともかく、見た目だけなら精鋭の重騎兵にも劣らない。

 少し進むと、小高い丘の向こうにナユーム族の冬営地が姿をあらわす。キンネク族の冬営地と同じで、簡素な小屋が連なっているのが見える。

 こちらの存在に気がついたのか、警告のような声がきこえてくるが、速度を変えずにゆるゆると一番大きな小屋に向かう。一番近い小屋まで五十歩ほどの距離まで接近すると、右手を上げて号令をかける。

 「全体止まれ! 隊列そのまま! 槍を下ろせ!」

 横一列に並んだ重騎兵は歩みを止め、馬上槍の穂先を地面に向けた。

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