援軍

「私が都にいったのは、キンネク族の皆さんがギュッヒン侯を攻撃するための条件を確認しにいったのです」

 族長のハーラントは、じっと私の顔をみた。

「すでに敵は去った。なぜ我が、お前たちのために戦わなければならないのか」

 ユリアンカは食べるのをやめ、二人の鬼角族の男にハーラントのことばを翻訳しているようだ。

「そうですね、たしかに敵は立ち去りました。ですが、キンネク族の名誉はどうでしょう」

「お前が降伏した方がいいといったんじゃないか、ローハンよ。我らはまだ戦えたぞ」

 少し怒り気味のハーラントが、食って掛かる。たしかに、まだ戦えたのかもしれない。だが、最低限の被害で敵を追い返したことは、理解していると思っていた。その時、ハーラントがチラリと二人の鬼角族の方へ目配せをしたように見えた。頭で理解はしていても、面子面子があるという意味なのかもしれない。

「たしかに、まだまだ戦えましたが、降伏をお願いしたのは私でした。その点はお詫びしますが、あの場では間違いなく最適な選択だったと信じています。今のキンネク族の皆さんに、戦う理由はありません。それがわかっているので、戦うための理由となるものを手に入れてきました。もし、私の王のために戦ってもらえるのであれば、戦士一人当たり羊五頭を用意しましょう」

 百人の戦士への支払いに、五百頭の羊という条件は悪くない条件なのか、それとも物足りないのか。共に暮らしていても、このあたりの塩梅あんばいは今一つわからない。

「たったの五頭か。そんなもので我らキンネク族が動くとでも思っているのか、ローハン」

 提示した羊の数が少なかったのだろうか。鬼角族を侮辱するような条件だったのか。冷静さを保つために、大きく息を吸い込んでから答える。

「いえ、キンネク族の皆さんを、羊五頭で動かせるとは思っていません。羊はあくまでも戦争のための食料です。ギュッヒン侯は、かならずキンネク族の皆さんを侮って約定を破ることでしょう。先方が約束を破るのであれば、あなたたちが攻撃を仕掛けても問題ないはずです」

 私の答えは及第点だったようだ。ハーラントが笑顔になった。

「もし、我らを侮っているというのであれば、あいつらに思い知らせてやる必要があるな。だが、なぜギュッヒン侯とやらが約束を破ると確信しているのだ」

 私とギュッヒン侯の間に、個人的な遺恨があることはハーラントに伝えたはずだ。それを知った上での問いかけであるのであれば、他の二人を納得させるようなことをいわなければならない。

「ギュッヒン侯は、次の春にも、王と雌雄を決する戦いに入ります。西方に送るような資源の余裕もありませんし、兵員も足りません。それを偵察してきました」

 そんな偵察はしていないので、これは完全な嘘になる。しかし、結果は同じになるはずだ。私の署名をみたギュッヒン侯が物資を送ってくることなどありえない。それでも、少しだけ嘘をついたことによる良心の痛みを感じる。

「そのうえで、お願いしたいことがあります。キンネク族の勇敢さは理解していますが、百名では戦局を左右することができません。ぜひ、他の部族に兵を募り、多数の兵で攻撃を仕掛けたいのです」

 ユリアンカがそのことを伝えると、二人の鬼角族の男から怒声が上がった。二人を手で制すると、ハーラントが口を開いた。

「誰に援軍を求めるのだ。お前はなにを考えている」

「まずは、隣のナユーム族のエルムント殿に声をかけたいと思います」

 族長の顔が険しくなった。

「あのクソジジイに、そんなことを頼むのか! 絶対にエルムントは我と組んだりはしないぞ!」

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