ライドスの表情が、見るからに曇っていくのがわかる。剣術によほど自信がないのか、それとも自信が打ち砕かれたのか。どちらとも取れるが、それはすぐにわかるだろう。

「よし、では軽く腕試しだ」

 そういうと、先ほどと同じように右手を後ろに引いた構えを取る。

 正面のライドスは、右手に握った木剣を突き出してツベヒと同じような姿勢となった。

 構えだけを見ると、まったくさまになっていない。腰は引け、体重が後ろ足にかかりすぎている。右腕は距離を取るためか、前に伸ばされているが、肘が伸びきっていて突くこともできない状態だ。

 もし、本当の腕前を隠すための擬態であれば見事なものだ。

「打ち込んでこないんだったら、こちらからいくぞ」

 そういって、一歩前に踏み出すと木剣を横にぐ。

 少しだけ切っ先の速度を落としてライドスの反応を見ることにしたが、相手は微動だにせず、木剣は首筋のところでピタリと止まった。

「剣術は苦手か、ライドス君。他の武器が得意なら、得物を変えてもかまわないぞ」

 ライドスの顔は青くなってから、赤くなった。

「指揮官の資質は個人の武勇よりも、兵士への的確な命令や、大局を見極める戦略眼にあると思います!」

 確かにそうかもしれないが、それは少なくとも軍団長のような地位にある人間のことだろう。下士官や、小隊長程度なら、個人の武勇も重要な要素となるはずだ。

「武術は苦手なようだな、仕方ない。人にはそれぞれ得手不得手があるものだから、得意な分野をいかしてくれればいい」

 そういうと、ライドスの肩を軽く叩く。顔は恥辱のあまり紅潮しており、実力を偽っているということもないようだ。とりあえず、ジンベジの成長とライドスの腕試しができたことで満足した私は、三人にうながして小屋に戻ることにした。


 一刻ほど待っていると、ハーラントの使いが我々を呼びに来たので族長の小屋に四人で移動する。私たちを呼びにきた女性が扉を開くと、小屋の中からは肉のいい匂いが漂ってきた。

 小屋の中には、族長のハーラントとユリアンカ。鬼角族の戦士が二人、女性が二人同席していた。二人の戦士はハーラントの腹心であり、剣の腕前もなかなかなものだった。紹介してもらったときに、間違いなく名前をきいたはずなのだが、すっかり失念してしまっていた。名前で呼びあうほど仲が良いわけでもないので、困ることもないだろうが。

 天幕と違い、冬営地の小屋は十人でもかなり手狭になってしまう。敷物の上には、複数の鍋に分けられた羊の煮物が並べられており、小皿には岩塩が盛られていた。

 鬼角族の料理は極めて単純で、羊をほふってその肉を水で煮ただけのものにすぎない。香辛料があれば、もっと複雑な味付けもできるのだろうが、草原には香辛料などはない。

「まずは飯だ。飯を食いながら、はなしを我にきかせてくれ、ローハンよ」

 ハーラントの許可が出たことで、全員が羊の肉にかぶりつく。羊の肉は少し硬かったが、甘い脂が口の中に広がると、体の中から力が湧いてくるようだった。骨にしゃぶりつき、歯で肉をこそげ落とすと、唇が脂でギトギトになるが、それもまた楽しい。しばらくは無言で食事がすすむ。

「ハーラントさん、キンネク族の羊はいつ食べても最高ですね。思わずはなすことを忘れてしまいました」

 この返事は、歓待に対する感謝を表す儀礼的なものだ。以前、ハーラントから教わったことだが、他の三人にも鬼角族の儀礼というものを覚えてもらいたかったので、あえて口にした。軍隊には軍隊の儀礼があるし、宮廷には宮廷の作法がある。異民族と仲良くするためには、その習慣を知らなければならない。郷に入れば郷に従え、ということだ。

「それでは、今回の旅の目的と、今後の計画についておはなししましょう」

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