思いもよらない死

「いくつか質問をしてもいいですか、タルカ将軍」

 ここに来た目的は果たした。国王派に鬼角族への経済的な支援を約束してもらい、その支援を背景に鬼角族に動員をかけるという私の目論見は、上手くいきすぎたくらいだ。だが、あまりにも都合のいいはなしには、大抵裏がある。そもそも、二十年前に面識があるだけの私を信用するというのも、よく考えるとおかしいのではないか。

「将軍とは初対面でないとはいえ、あまりにも簡単に作戦の許可が得られて驚いています。なぜ私のような身分の低い人間を信用されるのでしょうか」

 タルカ将軍は、じっと私の目を見つめていった。

「信用するとか、信用しないとかいう問題ではないだろうと思うがな。君の提案は実現可能であり、かつこちらにとっては利益こそあっても、危機となることはないだろう。むしろ、私がこの提案を断ることでギュッヒン侯側に売り込みにいかれる方が困る」

 確かにそうかもしれない。西方でなにがおこっても、中央での戦いには大きな影響はない。

「つけ加えると、君の個人的な事情はローセノフからきいている。ならば、君がギュッヒン侯側につくとは思えない。それに、君が西方軍団の生き残りを相手にして、鬼角族の騎兵で補給を断つことで撤退させたことは、間諜からの情報として届いている。同じことを、今度はギュッヒン侯の後方で実行してもらえれば、少なくない騎兵部隊がを討伐するために派遣されるはずだ。そうなれば、戦局に少なくない影響を与えることになるかもしれない」

 多数の騎兵に追いかけられれば、生来の騎手である鬼角族といえどもただでは済まないだろう。鬼角族はおとりとして役に立つというわけだ。信頼などという不確かなものではなく、利害が一致しているのだから、私の提案を受け入れるということか。

「将軍、ひとつだけお願いしたいことがあります。報酬の件を書面にしていただけませんか」

 タルカはうなずいた。

「もうひとつお願いしたいことがあります。支度金として正銀貨を二十枚。それに、できるだけ大きな動物の革を一枚いただけますか。できれば、狂暴な動物か魔物の革が望ましいです」

「動物の革をどうするんだ。なんのために使うんだ、ザロフ君」

「鬼角族への贈物にします。西方では滅多に手に入らないが、広く知られているような動物ならばありがたいです。牙や爪がついているのであれば、なお助かります」


 書類の準備と、毛皮を探すのに時間がかかるため、その日は近衛本部の一室に泊まることになった。暖炉のある個室をあてがわれ、あまりの暖かさに体の芯がとろけるようだ。

 しかし、私の頭の中は別のことでいっぱいだった。

 部屋を案内してくれたローセノフ中隊長が、去り際に告げたことばがあまりにも衝撃的だったからだ。

 

「そういえば、君の奥さん――いや、元奥さんというべきだな。最近亡くなったという噂をきいたぞ。まだ若いのに残念だ」


 私を裏切った、妻のアストに未練があるわけではない。むしろ、二度と会いたくないとすら思っている。しかし、死んだということには驚きを禁じ得なかった。

 流行り病だろうか。

 不貞を働いたことで、実家のセーチノフ家に連れ戻され、座敷牢にでも入れられて自殺したという可能性もある。陰でなにをしていたかはともかく、日まで、それなりに幸せに暮らした思い出もあった。

 死はすべての罪を洗い流すという。

 せめて墓前に花の一輪でも手向たむけたいと思うと、居ても立っても居られなくなり、ローセノフ中隊長に頼んで外出を許してもらうことになった。

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