襲撃

 日が沈むのが早くなったとはいえ、朝早く出発したので、このままだとターボルの町に明るい時間に到着してしまう。そこで、私たちは南に大きく迂回することになった。私たち五人は、ターボルにほとんど駐留したことがないので、あまり地形的な知識はない。覚えている限りでは、町の周囲には特に丘陵や谷があるわけでもなく、どちらの方角から攻撃しても違いはないはずだ。

 日が暮れはじめると、すぐに進路を北に向ける。ある程度の兵士が駐屯している野営地なら、見張りのために篝火かがりびをたいていると思われるので、それを目印にするつもりだった。ほとんどの町民は、西方軍団が姿を消して移住しているから、完全に灯りを消されていると、町そのものを見つけることが難しいかもしれないと考えていたが、それは杞憂にすぎなかったようだ。

 前方に灯りがみえてくる。

 月明かりがあるとはいえ、暗闇の中を進むこちらは見えないはずだ。

「ハーラントさん、町を攻撃した後は真っすぐ月に向かって進んでください。撤退命令には鏑矢かぶらやを使います。向かってくる敵の兵士は斬ってかまいませんが、なにより自分たちの命を守ることを最優先でお願いします。この後、敵の騎兵部隊と一戦を交える予定ですから、兵士の数を減らすわけにはいきません」

 小声でハーラントが隣の部下に指示を与えると、水面に落ちた石が起こす波のように、周囲の兵士に次々と命令が伝えられていく。戦士たちの表情は、みるみる引き締まったものになるが、どこかで戦いを楽しみにしているようにも見えた。

「ローハン、夜に人の家を襲って火をつけてまわるなんて、まるで盗人のようじゃないか。夜が明けてから堂々と攻め込んでもいいのではないか」

 ハーラントは戦士だが、私は兵士だ。戦争は戦うことが目的ではなく、勝利することが目標なのだ。

「数が同じ相手なら、堂々と戦いますよ。敵は全体で二千人はいます。二千対百では、まともに戦っても勝てません。私たちには、守らなくてはならないものがあることを忘れていませんか」

 ユリアンカは今頃どうしているだろうか。今の私にできることは、傷が化膿していないことを祈ることしかない。

 族長も妹のことを思い出したのか、それ以上なにもいわなかった。

「もう少し進んだところで、松明たいまつの準備をします。松明に火をつけたときから攻撃開始です」

 松明は三十本ほどしか準備できなかったので、鬼角族の騎兵三人に一本の割合で配っていった。一人が火をつけ、二人が護衛だ。灯火ようの小さな油壷が一つしかないので、松明に巻いている布切れを少しだけ浸し、火がつきやすいようにしておく。

 寝台を壊したときにできた木っ端を積み重ね、火打ち石で火をつけると、小さな焚火ができた。

 見張りがいるなら、この火が見えるはずだ。

「敵襲!敵襲!敵襲!」

 町の方角から、見張りが叫ぶ声がきこえてくる。

 見張りの声が合図のようになり、戦士たちが一斉に焚火に松明を突っ込んだ。

 十本の松明に火がつくが、おもったより弱い火勢に微妙な雰囲気が漂う。

「馬上でもう少し火勢は強くなるはずだ。全軍突撃!」

 ことばは通じていないとは思うが、自信満々の私の表情に兵士たちが動きはじめた。

 ハーラントが、駿馬のいななきのような奇妙な叫び声を発した。

 周りの鬼角族の戦士も、同じような叫び声をあげている。

「教官殿、なんですかこれは。こんな変なときの声ははじめてききましたよ」

 ジンベジも驚いているが、それは私も同じだ。以前の戦いでも、このような声はきいたことがなかった。

「そうだな。だが、今はそんなことはどうでもいい。私たちもターボルへ向かおう」

 少しずつ膝が震えはじめ、手がじっとりと汗ばんでくる。

 再び戦いがはじまるのだ。

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