仲間

「ツベヒ君、黒鼻族から取り上げた投槍や投槍器アトラトルはどうなっているんだ」

 ツベヒは、ヤビツをチラチラ見ながら、小さな声でいった。

「それが、このあたりに燃料にする薪がないということで、ほとんどが燃やされてしまいました」

 そもそも、ヤビツ達に与えた投槍は急いでつくった粗悪なものであり、武器としての価値は低い。無駄にせぬよう焚きつけにされたのだろうが、寝る間を惜しんで作ったものだったので、気分がいいものではない。

「それは残念だ。皆で一生懸命作ったのにな、ジンベジ、ツベヒ」

 私たち三人の脳裏には、生き延びるために皆で努力した日々のことが思い浮かんだ。

 チュナム守備隊の何人が、今でも生きているのだろうか。

「ヤビツさん、私たちが敵兵から奪ってきた槍が二十ほどあります。十分な長さがあるので、二つに切れば四十本の投槍がつくれるはずです。それを進呈します。反逆者達と違い、私たちは黒鼻族が自衛することを尊重しようと思っています。問題は投槍器アトラトルなんですが――」

 先端と後部が鉤のようになっている投槍器は、槍の柄を加工してつくれないし、材料にする木材は戦車チャリオットしかないので、乗馬が下手なシルヴィオのためにも破壊するわけにはいかないのだ。

「しょれは大ぢょう部でしぃた。投槍器アトラトルは二十くらい隠しぃていましぃた」

 意外と抜け目ない羊たちに、心の中で苦笑しながら、はなしを続ける。

「だったら、今日中に投槍を準備します。私は、あなたたちと戦った戦友ですから」

 ヤビツの表情に変化はなかった。羊がどう思っているのかは、やはりほとんどわからない。

「ヤビツさん、じつは私たちは今、鬼角族と行動をともにしています。あなたたちには、鬼角族は仲間を殺した憎いかたきかもしれませんが、私がいる限り、けっして黒鼻族には手を出させません。反逆者たちは、あなたたちから武器を取り上げましたが、私はあなたたちが自衛するための十分な武器を用意して見せます」

 だから一緒に戦いましょうといいたかったが、モフモフたちを戦場に駆り立てる理由としては弱いこともわかっていた。何度もということで、自分の価値を高く見せようとしたが、効果があったのかどうかもわからない。

「ありがとうごじゃいましゅ。私ぃたちは、ローハンしゃんに感謝しぃていましゅ。しぃかしぃ、私ぃたちは、じぃ分の身を守るため以外に戦うことはできましぇん。チュナムどくは、これ以ぢょう仲間を減らしゅわけにはいきましぇん」

 推定一万人以上の人口を持つ鬼角族と違い、全人口が五百人程度の黒鼻族が自分たちの種族が絶滅を心配するのは当然なのかもしれない。ヤビツには、仲間の命を守る責務があり、武装することもその一つなのだろう。

「真っ黒な顔はしていませんが、あなたたちとよく似た種族が住んでいる場所を知っていますよ、ヤビツさん」

 突然、シルヴィオが私たちの会話に口をはさんだ。

「大昔、この西方には、あなたたちの仲間がたくさん住んでいたらしいです。凶暴な鬼角族や、貪欲な人間があなたたちを狩り立てた。ここより遥か西方ですが、まだあなたたちの仲間が暮らしている場所があるのです」

 シルヴィオの発言は、まさに寝耳に水だった。ひょっとして、ヤビツを騙すために嘘をついているのではないか。交渉において、嘘は長期的にみると、毒にしかならない。その場しのぎでついた嘘は、必ず何倍もの被害を与えることになる。

「シルヴィオ君、どこでそんな情報を仕入れてきたんだ。本当のことなのか」

 シルヴィオは困ったような顔をしたが、私の目を真っすぐに見ながらいった。

「俺のことを信じないんですか。俺たちの部隊が駐屯していた町の近くには、大耳族とよばれる異種族が暮らしていて、そこで二足歩行の羊が西方にいるというはなしをきいたんです」

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