ユーオ

 意識を失った兵士の顔をまじまじと見る。

 年の頃なら十六、七くらいだろうか。まだ幼さの残る顔は、気持ちよく眠っているように見える。

 手早く足を縛り、後ろ手にしてから両腕もしっかりと拘束する。口には布切れを噛ませ、声がでないようにしてから、顔に水筒の水を少しだけかけて意識を戻させる。

「おい、目をさませ。こっちをみろ」

 意識を取り戻した男は、はじめ目の焦点が合っていなかったが、次第に自分の置かれた状況を理解したようで、私を見つめる瞳に恐怖がうかんだ。

「私たちは仲間だ。だが、君が協力してくれないなら、この出会いは悲しい結末を迎えるかもしれない」

 そういうと、腰から短剣を抜いて月明かりに反射させる。

「いまから、口の中の布を取る。叫んだりすると、これを使わざるを得ない。友軍にそんなことはしたくない。いいな。わかったら、一度だけうなずいてほしい」

 男が、ゆっくりうなずくのを確認する。

「私はローハン・ザロフ。西方軍団のチュナム集落防衛隊の指揮官だった。私たちは鬼角族と戦い、友好関係を結んだのだが、交渉から戻ってくると部隊は姿を消していた。なんでも、ギュッヒン侯が反乱をおこしたので、それを鎮圧に向かったそうだ。ところが、命がけで手に入れた友好関係を無視して、鬼角族討伐の軍がこちらへ向かってきた。おおかた、自分の末っ子に手柄をたてさせようというギュッヒン侯の考えだろうが、鬼角族は約束を破ったとご立腹だ。約束を破ったギュッヒン侯に、思い知らせてやろうと大軍を送り込んできている。私は、できるだけ君たちを助けようと、こうして骨を折っているわけだ」

 ここまで話をすると、口に突っ込んだ布を引っ張り出す。叫び出すのではないかと緊張したが、味方のために命をかけるつもりはないようだった。

「君の名前を教えてくれるかな」

 かすれた声が、絞り出された。

「ユーオ。ただの下っ端の兵隊です。殺さないでください」

「殺すのであれば、意識のないときに殺している。それに、私はできるだけ仲間を殺したくない」

 戦争なので、戦いで人が死ぬことは仕方ない。だが、殺さなくて済むなら、殺したくはないというのは本当の気持ちだ。とくに、反乱をおこしたギュッヒン侯の指示で、自分たちがなんのために戦っているかわからない末端の兵士たちは。

「このチュナム集落には、何人くらいの兵士がいるか教えてくれ」

 ユーオは答えるべきか、黙っているべきかということで、心が揺らいでいるのが見てとれた。

「もし、兵士の数が少ないなら、全員を捕虜にするが誰も殺さないことを約束する。どのみち、戦ってもこちらが勝てるのは間違いない。歩哨を一人しか置かないのだから、一個中隊も人数がいないことはわかっている。君の選択が全員の命を守ることになるんだ」

 裏切ることが、戦友の命を守ることにつながるという「いいわけ」ができたことで、ユーオの気持ちは決まったようだ。

「ここには、私をいれて十人しかいません。羊たちを守るという、大義名分のためにいるだけみたいです。みんないい奴なんです。殺さないでください」

「約束しよう。他の兵士はどこにいるか教えてくれるか」

 他の兵士達が眠っている天幕の場所をきくと、ふたたびユーオの口に布を噛ませた。

 丘陵の下にいる二人に上がってくるよう手を振ると、ジンベジとシルヴィオが静かに私のところまで登ってくる。

「すまない、ジンベジ君。すぐにハーラントのところにいって、ハーラントと二十人ほどの兵士を連れてきて欲しい。馬は降りて、静かにここまで来てもらうよう伝えてくれるかな」

「教官殿、夜襲ですか」

「ああ、相手は九名だが、ケガをさせずに降伏させたい。こちらに倍の人数がいれば大丈夫だろう」

 すぐにジンベジは山を駆け下りていった。

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