咆哮

「今日は、間違いなく敵の本隊か斥候と遭遇することになる。敵の本体を見つけた場合は、まっすぐここまで報告にくること。相手の人数、特に騎兵の数がわかればありがたいが、生きて帰ってくることが最優先だ。

斥候の騎兵と遭遇した場合は、相手が二名なら攻撃してもかまわない。重騎兵が三騎いれば逃げろ。徒歩かちの斥候は無視しろ。勝ち目がないと思えば、ここに戻ってくることを忘れないでほしい。敵を生きたまま捕虜にしてもらえれば最高だが、自分の命を賭ける必要はない。こちらは少数だ。勇気を示すのは、敵の本隊と戦うときまで残しておいてくれ」

 払暁ふつぎょうの光とともに、五名からなる鬼角族の部隊を九つ、私とシルヴィオ、ジンベジとホエテテの四人による斥候隊をあわせると十の偵察隊を出発させることにする。族長のハーラントが、私のことばを伝えている間に、自分の剣をホエテテに手渡した。

「鎧には、その大太刀よりこの直剣の方がいい。ホエテテ君、私の剣を使ってくれ」

「自分に剣を渡して、隊長はどうされるのですか」

 怪訝そうな顔をするホエテテに、笑顔を返す。

「本当の戦闘になれば、私より君が持っている方が役に立つよ。鬼――いや、キンネク族の戦士として武勲をあげるんだ。キンネク族は、強さこそが絶対の敬意を受けるからな」

 実戦になれば、私は震えて役に立たないだろう。腰の短剣すら振るえなくなる男には、無用の長物だ。

 ちょうどハーラントからの指示が終わり、斥候にでる戦士たちが次々と騎乗する。

 私とシルヴィオも戦車チャリオットに乗りこみ、馬を東に進めた。

 十組の斥候は、昨晩の野営地を起点として放射線状に進んでいく。私たち四人は、敵の本隊と遭遇する可能性が一番高い進路を取った。重い鎧に包まれた重騎兵が、少数で数日、本隊に先行して偵察をおこなっているとは思えない。敵の斥候が本隊の数刻前を進んでいるとすれば、いつ遭遇してもおかしくはないはずだ。


「教官殿、前方を見てください。なんかキラキラ光ってないですか」

 一刻ほど進んだ頃、ジンベジが前方を指さす。たしかに太陽が金属に反射しているように見える。

「よし、戦闘の心づもりだけはしておいてくれ。シルヴィオ君は弓の準備を頼む、詠唱付きだ。私が交渉するから、任せてほしい」

 シルヴィオの風魔術が弓の威力を上げることは、何度かの実験でわかっている。重騎兵を倒すために使うことができるはずだ。相手もこちらには気がついているだろうから、あえて何事もなかったかのように真っすぐと進んでいくことにする。大男のホエテテは鬼角族の一員にみえるかもしれないが、見慣れない戦車チャリオットに乗った私とシルヴィオの正体はわからないだろう。

 次第に近づいてくる敵は五騎。少し近づくとわかったのだが、重騎兵ではなく、正規の軍装を身につけた軽騎兵たちだ。数的に不利であるのに、逃げない私たちを見てどうするべきか判断に困っているように見えた。まだ、殺気がないので体に震えはおきていない。

「おーい、そこの人たち。こんなところで何をしているんだ」

 できるだけ害意なくみえるように、少し高い声をだす。指揮官らしい、少し年配の騎兵が返事を返した。

「お前達こそ、こんなところで何をしているんだ。このあたりには、人間はいないはずだが」

 やはり何者か、判断しかねているようだ。

「私たちは、このあたりで羊毛などを商っている商人だ。このあたりの西方軍団は撤退したときいたが、戻ってきたのか」

「ああ、そうだな。ところで、その後ろにいるデカいのは鬼角族か」

 大男のホエテテは、服装も鬼角族風のものになっているので、一見してそう見えることは間違いない。

「ホエテテの頭に角がみえるか。おい、ホエテテは人間だよな」

「自分は人間です」

 ホエテテから即座に返事があったので、兵士たちから緊張が解けたような気配があった。今度は相手が質問する番だ。

「ひょっとして、お前たち西方軍団の脱走兵じゃないのか」隣のシルヴィオが、少し体を強張らせる。「だったら悪いことはいわないから、原隊に復帰しろ。寛大なギュッヒン様は、元西方軍団の兵士が原隊に復帰するなら、すべての罪は不問にするとおっしゃっている」

 ギュッヒン侯の部下であることは隠さないのか。反乱の趨勢すうせいについて、ペラペラはなしをするほどバカではないようだが。

「それだけではないぞ。鬼角族討伐に参加して軍功をあげれば、再建された西方軍団でしかるべき地位に就くこともあるかもしれん」

「あなたたちは脱走兵を捕まえるためではなく、鬼角族を討伐するために来たのか」

 はなしに興味があるような表情をつくると、うれしそうに隊長格の男が続ける。

「ああ、鬼角族の首一つにつき正銀貨一枚だ。女は好きにしても――」

 ホエテテの咆哮ほうこうが轟き、駆け出した馬上の大男の右手には剣が握られていた。

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