通過儀礼
「ハーラントさん、ここで確認しておきたいことがある。かまわないか」
みっちりと肉の詰まった団子のような体をした族長は、私に向かって眼差しで同意した。
「全身を鎧で覆った騎兵を、私たちが倒す方法は先ほどいった通りだ。だが、あれはあくまでも数的優位がある場合にのみ有効な戦法だ。重騎兵が百、いや五十いるなら逃げるのが最善の作戦となる。誇り高く死を選ぶより、無様でも生き延びることこそ族長として最善の道だと思う」
「我の妹を傷つけた対価は、必ず支払わせる」
氷のような冷たい声で、ハーラントはつぶやいた。
「私もユリアンカさんの
「我は必ず、妹の
嫌な沈黙があたりを支配した。その空気に耐えられなくなったのか、ジンベジが口を開いた。
「教官殿、連中はどれくらい重騎兵を連れてきてるんですかね。もちろん、偵察する俺たちがなにも情報を持ち帰ってきていないのはわかってますが、教官殿なら数を推測できるんじゃないですか」
千里眼の
「重騎兵はギュッヒン侯の子飼いの部隊だ。槍兵部隊のように定員が決まっているわけではないが、五百人くらいの規模だときいている。だから最大数は五百」
「百騎にすら勝てないのに、五百騎も重騎兵がいる可能性があるんですか。マズいですね、教官殿」
「ジンベジ君、もし五百騎の重騎兵がここまで来ているとすれば、私たちの戦う意義はなくなっているかもしれない。ギュッヒン侯が、自分の切り札を全て辺境に送り出すことができるということは、すでに反乱が成功しているということを意味する。私たちは、新しいインハルト・ギュッヒン
反逆者を誅するための正義の戦いのはずが、自分たちが反逆者になる皮肉に、私はゆがんだ笑いを浮かべた。
「もし内乱が終わっていないなら、ここに虎の子の重騎兵が存在することがおかしいんだ。重騎兵はその突破力を生かすために、百や二百の単位で使用されるものだから、十騎や二十騎で派遣されることはない」
また重い空気が流れた。つまり、これから戦うかもしれない相手に、私たちは勝ち目がないことになる。
「ジンベジ、ホエテテ、シルヴィオ。私は最後までハーラントとともに戦うが、君たちまで反逆者になる必要はない。なんだったら、いますぐにここから離れてもかまわないぞ。ただ、同じ釜の飯を食った仲間のよしみで、こちらの陣容を敵に伝えるのはやめてほしい」
「自分はもうキンネク族の一員です。ハーラント族長と、最後までご一緒します」
大男のホエテテが、こう返事をすることはわかっていた。おそらくジンベジも――。
「乗りかかった船です。こうなれば、教官殿と最後までご一緒しますよ」
ここまでは想定通りだった。問題はシルヴィオだ。
「シルヴィオ君はどうする。気兼ねする必要はないぞ」
このような雰囲気の中で、自分だけ味方を裏切って敵に降伏するという判断を下すのは難しい。下手をすると、裏切り者として処刑される可能性もあるからだ。
シルヴィオの顔には、明らかな迷いがあった。
「では、こうしよう。ギュッヒン侯が勝利していて、私たちに大義がなければ、君は原隊に復帰すればいい。まだ内乱が続いているようであれば、君は私たちとともに戦う。これなら問題ないだろう」
大きくうなずいたシルヴィオが、ホッとした顔をしたのを私は見逃さなかった。
じつのところ、シルヴィオこそが今回の戦いで我々の勝敗を左右する秘密兵器なのだが、そんなことはおくびにも出さずにいた。
どういう戦況であれ、シルヴィオには我々の味方になってもらわなければならないのだ。
そのためには、シルヴィオが望むと望まざるとにかかわらず、戦いの通過儀礼を受けてもらわなければならない。指揮官として、自己嫌悪に陥っているひまはなかった。
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