報い

 できることはすべてやった。それが正しいことなのかどうかはわからないが。

 縫合したところに傷薬をこんもりと塗り、その上から煮沸した布を固く絞って傷口から胸の部分を覆う。その上に油紙を重ね、乾いた布で巻いておいた。

 一息ついていると天幕の外から怒号がきこえ、ハーラントが飛び込んでくる。

「おい、ローハン。妹が大けがをしたというのは本当か!」

 しかし、その視線が蒼白な顔色をしたユリアンカをとらえると、途端にその怒りの炎は消え、両のまなこからはボロボロと涙があふれる。子どものようにわんわんと泣くハーラントは、妹にすがりりつきたいが、傷が心配で触れることができないという葛藤でおろおろとしていた。

「妹は死ぬのか、ローハン。妹は死ぬんだろ」

 その声に力はない。

「できる限りのことはやったつもりだ。ハーラント」

「お前は医者なのか。ローハン、お前は医者じゃないだろ」

 そのとおりだ、私は医者ではない。

「そうだな、医者じゃない。だが、戦場での応急処置ならできる」私もユリアンカが死ぬことには耐えられない。「いまは、できるだけ体を休ませて、回復することを祈るしかない」

「祈るとも。リーザべルよ! 妹の命を奪うなら我の命を奪え!」

 その心からの叫びにも、鬼角族の神は答えなかった。ヴィーネ神と同じように。

 しかし、私たちはいつまでも嘆き悲しんでいるわけにはいかなかった。

「ハーラントさん、私たちには解決しなければならない重大な問題がある。嘆くのもかまわないが、族長としての職務を果たしてほしい」

 ハーラントは叫んだ。

「妹の命より大切なものがあるか!」

「そのユリアンカさんの、命がかかった問題でもあるんだ。あと二日、早ければ明日にでも、人間の軍隊がこのあたりまで攻めてくるかもしれない」

 その瞬間、さきほどまで大粒の涙を流していた目は怒りで吊り上がり、全身が怒り打ち震える。

「皆殺しにしてやる。妹の弔い合戦だ」

 ハーラントの怒りは理解できるし、共感もするが、その傲慢さこそがユリアンカを傷つけ、斥候にでたまま帰ってこない二人の鬼角族の命を奪ったのだろう。

「相手が何人いるのかわからないのに戦うのか、ハーラント。人間の兵士が千人いても皆殺しにできるのか。殺されるのはあなたのほうだ。キンネク族は滅びるぞ」

 怒りに震えるハーラントは、こちらへ足を一歩踏み出し、岩のような拳を私の顔に向かって繰り出した。

 技術も何もない大振りな一撃だったが、私は体がすくんで動けず、まともに顔にくらってしまう。

 殺意だ。

 この一撃には殺意があったので、私の体は動かなかったのだ。

 訓練トレーナー贈物ギフトは、戦場でのありとあらゆる技術を使いこなすことができるが、本当の殺し合い、つまり殺気を感じるとまるで体が動かなくなる。後ろに吹き飛ばされ、目の前が真っ白になるが、不思議と意識を失うことはなかった。怒りのあまり、技術を放棄した大槌のような一撃は、鋭い短刀の一突きに劣るのかもしれない。

 地面に横たわりながら、我を忘れたハーラントにもきこえるよう、大声で怒鳴った。

「私に任せておけば、かたきは取らせてやる。ユリアンカを傷つけた奴を、俺は許さない」

「ローハン、お前は戦わないといってただろ。戦わずに敵を追い返すと」

 どんなにご立派な計画も、現実がそれを意味のないことにしてしまう。

 戦場ではよくあることだ。未来を見通す目があれば、そうはならないのだろうが、そんな贈物ギフトは持っていない。

「作戦は変更だ、変更せざるを得ない。敵が近づきすぎているから、女や子ども、ユリアンカを守るためにも一戦を交える必要がある。私が君たちを勝たせてやる、ハーラント。ユリアンカを傷つけた報いは必ず受けさせる」

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