シルヴィオ

 戦車チャリオットの上で、もう一度村長から託された銀を手に取ってみる。

 村長は塊といっていたが、銀は円の両端を削った分銅の形をしており、かつて貿易などで銀が使用されていたことがうかがえる。分銅銀一枚で正銀貨二枚以上の重さがあるように思えるから、分銅銀五枚は正銀貨十枚の価値はあるだろう。問題は、お金があっても商品を売る店と、扱っている商品があるのかということだ。ターボルの村長は遠くないうちに家を引き払うといっていたし、羊の商人ニビが小麦を大量に扱っている可能性は少なかった。やはり、当面はハーラントに頼んで羊を譲り受けることくらいしかできないのではないか。

 結論のでないままユリアンカとの旅は続き、キンネク族の冬季野営地を見つけたのは六日後のことであった。


 冬の野営地を見つけると、ユリアンカは歩みの遅い私の戦車チャリオットを置いて、一直線に駆けていった。遠くからでも、冬に向けて皆が忙しく働いているのがわかる。故郷に戻ったというほどの感慨はないが、安心できる場所であることは間違いないだろう、ホッとする。

 ユリアンカが先触れになったのか、何人かがこちらを見ている。大きく手を振っているのがジンベジだろう。無事に任務を果たしたようだ。思わず手を振り返したが、少し恥ずかしくなってすぐにやめた。なにか新しい情報があればいいのだが。

 まずはハーラントのところへ向かい、今回の経緯を報告する。ハーラントは私の上官ではないが、現在世話になっていることを考えれば当然のことだ。羊をバウセン山へ連れていき、ルビアレナ村に売ることも頼まなければならなかった。物々交換が基本であるこの土地で、代償なく羊を渡すことについてはなかなか納得してもらえなかったが、今回のことは鍛冶屋たちへの貸しになり、後でかならず代金を支払ってもらうことをなんとか理解してもらった。ハーラントとのはなしが終わると、すぐに天幕をでてジンベジを探しにいく。


「教官殿、ご無事でなによりです」

「君こそ無事でよかった。それより、なにか情報はあったか、ジンベジ君」

 なぜ西方の軍団が移動したのか、その答えを知りたかった。他国が攻めてきたというのであれば、部隊が移動する際にそのことを告げるはずだ。情報を秘して軍を移動させるのだから、国内でなんらかの問題がおきた可能性が高いことは想像がつく。自分一人がどう動こうと、大局に影響はないことはわかっている。だが、状況次第では本国に戻りたいのも事実だ。ジンベジは、返事のかわりに、振りかえって誰かをよんだ。

「おい、シルヴィオ。これが小隊長のローハン・ザロフさんだ、こっちにこいよ」

 おずおずと姿を現したのは、小柄で可愛らしい顔をした青年だった。

「はじめまして、ザロフ隊長。ワビ大隊長から手紙を預かっていますので、後でご確認ください」

「ありがとう、わざわざ伝令にこんなところまで来てもらえるとは、面倒をかけたな。感謝する」

 はにかんだ笑顔をみせるシルヴィオは、嬉しそうに答えた。

「感謝なんてとんでもないです。お噂は、かねがねストルコム隊長からきいていました。部下に真っ当な評価をしていただける上官だということも。私は志願して伝令となり、この後も引き続きザロフ隊長の指揮下に置いていただくことになっていますので、よろしくお願いします」

 ふと、頭を下げるシルヴィオの腰に、魔術師がたずさえるワンドがあることに気がついた。この青年は魔術の贈物ギフト持ちなのだろうか。だが、そんなことより情報だ。

「手紙は後でゆっくり読ませてもらう。それより、知っている範囲でかまわないから、なにが起こったのか教えてくれないか」

 青年は、子どもが自分だけが知っている秘密を、こっそり友達にうちあける時のように嬉しそうな顔をしていた。

「ギュッヒン侯が反乱をおこしました。都での蜂起は失敗し、戦局は一進一退の状況です」

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