地震

 前回にはなかった歓迎の雰囲気に戸惑いながら、私とユリアンカは村長の家に入る。

 この家には、ユリアンカが吐きまくったという酸っぱい思い出しかないが、清掃の行き届いた居間を見る限り、あの部屋も綺麗に片付けられているのだろう。居間に入るやいなや、村長が揉み手で話しかけてきた。

「さあ、ローハンさん。あの食料と交換に、なにを準備すればいいか教えてくれるか」

 なぜ村長は、これほどまでに必死なのだろうか。このふた月の間に、なにがあったというのか。

「ノアルー村長、もちろん食料はお譲りいたします。そのために持ってきたのですから。ところで、私は軍人であって商人ではないということ話をしたのを覚えていますか」

 突然の問いかけに、村長は驚いた顔をした。

「そういう話をきいたが、それがなにか関係あるのか」

 ぶっきらぼうに答える村長を、なだめるようにことばを続けた。

「私が商人なら、ここまで物欲しげにされれば相当なところまで値段を吹っ掛けますよ。商売も恋愛も、欲しがったら負けです」

 チラリとユリアンカを見るが、我々の会話にはまったく興味がないようで、腰の大太刀の柄をいじっていた。

「この小麦と干した果物、干した魚で正銀貨五枚でした。それに相当する品物で支払ってもらえば問題ありません。もし、引き続き食料の買い入れを考えているのであれば、銀貨か金貨があればありがたいです」

「わかった。あんたを全面的に信用しよう」

 純朴なのか、それほどまでに追い込まれているのかはわからないが、あまりにも人を信用しすぎるところに不安は残るが、これ以上いうのも無粋だろう。

「それでは、弓五張、矢二百本、剣三振り、鉄鍋ひとつ、包丁一本、馬針三本と交換ではいかがでしょう。もし、引き続き食料が必要なら、きんか銀で支払ってもらえれば比較的早く調達できるかもしれません」

 村長は一瞬なにかを考えているような表情だったが、それほど間をあけずに答えた。

「矢じりなら用意できるが、矢は無理だ。きんはないが、たしかうちに銀が少しあったと思う。それを渡すので、食料をもっと用意してもらいたい」

「では、かわりに矢じりを四百用意してください。どちらにしろ時間がかかると思うので、春までにできれば結構です」

 私の答えに村長は気色けしきばんだ表情で、あわてていう。

「春までというのは困る。できるだけ早く食料を持ってきてもらいたいんだが――」

 正面から村長の目を真っすぐ見つめると、なぜか村長は目をそらす。なにを隠しているのだ。

「ノアルー村長、私は金儲けのためにここに来ているわけではありません。正直に胸を開いて話をしてくれるなら、お手伝いできることもあるかもしれませんが、隠し事をしている限りは力にはなれません。どうですか、私に隠していることを教えてもらえませんか」

 人は奴隷として酷使されるより、自分の意思で働く方がたくさんの物を生みだすことができる。西方の平原地帯で、唯一武器を供給できるルビアレナ村に恩を売ることにより友好関係をつくるほうが、わが国にとっても好ましいはずだ。

 しばらく無言で渋い顔をしていたノアルー村長だったが、ポツリポツリとはなしはじめた。

「いまから八ヶ月ほど前、地震が起こったのは知っているか」

 村長にうなずいてみせる。前回のバウセン山への旅の途中で、そのことはきいていた。

「この村の下には大きな洞窟があり、川が流れている。この村は、その川から砂鉄を取り、そこに育つ白茸しらたけを食べて生活をしておる。白茸はキノコなのに滋養があり、それだけを食べることで生きていくことのできる素晴らしいものだ」

 なんとなく、はなしの続きが予想できた。

「だが、地震がおきたあと川の水量は日に日に減り、白茸も満足に育たなくなったのだ」

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