所帯を持つ

 ギボ村長に食事をごちそうになった後、私たちは居間を一夜の宿として借り受けることになった。ここ二十日ほど野営を続けてきた私たちにとっては、夜風を防ぐ場所であるというだけで満足できるのだ。灯りが消され、真っ暗になった部屋で二人に声をかけた。

「ジンベジ君、ホエテテ君。君たちに伝えておかなければならないことがある」

 二人の返事を確認して話を続ける。

「我々の部隊は、なんらかの理由で国へ呼び戻されたようだ。ワビ隊長からは、このまま辺境勢力の調査を続けるか、原隊に復帰するかを選んでもよいという許可を得ている。二人はどうするのが一番いいと思う」

「教官殿、なにが起きているのかわかりませんが、こんな辺境の部隊を呼び戻すくらいですから、きっと大きな戦争がおきているに違いありません。ここでくすぶっているより、原隊に戻って戦いに参加するべきでしょう」

 ジンベジの考えはもっともだ。大きな戦いで武功をあげれば、士官への任命もありえないことではない。もちろん死ぬ可能性もある、というかかなり高いのだが、このところ槍の腕前をあげたジンベジは絶好の腕試しのように思っているのだろう。たしかに個人の武勇で戦局が左右されることがないわけではない。ハーラントやユリアンカのような暴勇があれば、少しは戦いを優勢に進めることができるかもしれないが、槍衾やりぶすまや弓兵隊なら、あの二人すら討ち取ることができるだろう。しかし、自らの進む道を選ぶのは自分だけだ。そのとき、突然ホエテテがボソリとつぶやいた。

「ローハン隊長。自分は鬼角族の村に残ります」

 ホエテテは、ほとんど自分から口をきかない。なにをいわれても、にっこり微笑んでうなずくだけだ。だが、誰もがその巨体に一目置き、ホエテテをバカにするものなど軍にはいない。命令にはひとことも不服をいわず、誰もが頼りにする理想の兵士だ。そのホエテテが、自分から鬼角族に残るという。よほどの理由があるのだろう。

「ホエテテ君、理由をきかせてもらえるかな。君のことばは、場合によっては逃亡罪という扱いをうけるぞ」

 自分のことは棚に上げて、ホエテテを責めるのは筋違いだということはわかっているが、不用意に心のうちを明かすことの危険さを教えておかなければならないだろう。

「自分は、ウーリンデと所帯を持ちます」

 突然の告白に、私とジンベジは思わず声をあげてしまう。

「え、ホエテテ君、誰と所帯を持つんだ」

「ホエテテ、そのウーリンデって誰だよ?」

 そういわれてみれば、心当たりがないわけでもなかった。ユリアンカについてきた三人の侍女のうち一人と、親密そうにしているところを見たことがある。まさか結婚するといい出すとは、夢にも思わなかったが。

「ところで、君は鬼角族のことばがわかるのか」

「自分には、わかりません」

「お前って、ことばも通じない相手と結婚するの?」

 たしかに普段から寡黙な大男なら、ことばなどわからなくとも幸せに暮らすことができるような気もする。それに、ハーラントも戦争で男がたくさん死んだので、鬼角族の女性を嫁にもらってほしいというような意味のことを口にしていた。案外、この結婚は祝福するべきものかもしれない。

「ホエテテ君、おめでとう。人間と鬼角族の友好という立場から、軍を除隊することをワビ隊長に提案してもいいが、今は無理だ。もうしばらくは、私の命令を受け入れて欲しい」

 ホエテテからの返事はなかった。

「ジンベジ君、私はもう少しこのあたりに残って、鬼角族やバウセン山の鍛冶屋たちと交流をおこなってもいいと思っているんだが、どうかな。なんだったら、君だけ本隊に戻ってもかまわないが」

「俺だけ本隊に戻るなんてできませんよ。わかりました。教官殿が残るなら、俺も残ります。マヌケな隊長の下では戦果もあげられませんしね!」

「よし、では三人でここに残ろう。鍛冶屋との交渉のため、明日はできるだけいろいろなものを買い込んでいこうと思う。忙しくなるから、今日はゆっくり体を休めるんだ」

 ジンベジは不貞腐れたような声で返事をし、すぐに寝息を立てはじめる。

 心地よい眠りに引き込まれそうになったとき、大男のつぶやきがきこえた。

「隊長、ありがとうございます」

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