商人にあらず

 村長は、なにかを値踏みするような目つきで私を見つめた。

「紙ならいくらでもあるぞ。ちょっと待ってくれ」

 奥の部屋に入った村長は、右手に紙の束を、左手には布のようなものを手にして戻ってきた。

「これはまだ漉きなおししていない紙だ。こちらは、麻布だな」

 テーブルの上に置かれた紙は薄い茶褐色ではあるが、きめの細かい上質なものであった。その一方、麻布は繊維が荒く、あまり価値がないように見えた。よく見ると、村長はこの麻布でできた服を着ているようだ。

「この紙はなかなか興味深いですね。なにから作っているのですか」

 商売人なら、本当に自分が興味を持ったものは秘して安い値段で買いたたくのだろうが、こちらは商売をしにきたわけではない。

「それはいえませんな。ただ、この紙でよければいくらでも用意できますよ。ところで、麻布の方はどうかな」

 紙の原料を隠すのも当然だろう。こちらも、香草セージ肉荳蔲にくずく、辛子を種の状態ではなく、粉にしたり加工したりして発芽しないものを持ってきているのだ。

「私は軍人で、商人ではありませんので細かいことはわかりません。ただ、この麻布にはそれほど高い値はつかないと思いますよ」

 村長は目に見えて落胆した表情をみせたが、こればっかりはどうしようもなかった。

「紙については、いくつか見本をいただければ持ち帰って商人に値段を調べてもらいます」

 そして商売の話は終わった。

 私たち四人は村長に導かれ、来客用だと思われる一軒の家へ連れていかれた。

 歓迎の宴を開いてくれるとのことで、今日はここに泊まっていけとのことだった。

 先ほどは気がつかなかったが、紙を使った明かり窓があり、外光を取り入れて室内は思ったより明るくなっている。紙が高級品なら、このような使い方はできないだろう。

「ジンベジ君、ホエテテ君。村長からは出歩くなとはいわれていないから、さりげなくこの村を見てまわって、なんでもいいから情報を集めて来て欲しい。ただ、無茶をしてルビアレナ村の人々を怒らせたりはしないでくれるかな」

 ユリアンカは、すでに寝室に姿を消していた。

 情報収集は戦いの基本だ。この集落と戦うことはないだろうが、紙のように貴重な資源を生産してる可能性がある。

 ジンベジ、ホエテテが表に出ていくのを見送ったあと、再び室内の備品を確認する。

 テーブルは普通の木材で、これといって興味を引くものはない。

 椅子は、村長の家と同じなにかの植物を編んだものだ。便所には、やはり紙が用意されていた。

 ひとしきり家の中を確認すると、表に出ることにした。まだまだ日は高く、宴までにはまだまだ時間がかかりそうだ。

 家を出るときに、ひとつ気がついたことがあった。この家の入口の高さが、我々の町にある建物とほとんど変わらないのだ。大男のホエテテは頭を下げないと中には入れないが、ジンベジや私は、特になにもしなくとも中に入ることができる。ルビアレナ村の住民は、見るかぎりみな背が低かった。住民の身長にあわせるなら、入口の高さはここまで必要ないのではないか。この家が二百年前のものとは思えないから、実は我々と同じ身長の人々が暮らしている可能性もある。あるいは、もともとこの人たちは我々と同じくらいの身長であったが、なんらかの理由で身長が小さくなったかもしれないということも考えられないわけではない。もちろん、家を建てる時のお約束で、入口はこの高さにするというものがあるのかもしれない。これは、他の家を見ればわかるだろう。

 来客用の家を出て、特に目的もなく集落を見てまわった。

 臭いと鳴き声で、豚を飼っているのがわかる。

 何軒か家を見てまわるが、建物の入り口の高さはやはり人間の建物と同じだった。

 しばらく進むと、ホエテテが子どもたちに囲まれて高い高いさせられているのが目に入る。大男はいつでも子どの達に人気があるのだ。

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