茶色い紙
村長は壺の中から飴を取り出し、匂いをかいだり包装の油紙を外の光で透かしてみたりしていた。
「飴というのか。これは食べ物なのか」
見も知らぬ相手からもらった食べ物を、警戒するのは当然だろう。壺から適当に飴を四つ取り出し、ホエテテとジンベジ、ユリアンカに渡した。
私が残りの一つの飴を口に頬張ると、私の意図を察したジンベジもすぐに飴を口に放り込む。ユリアンカに渡した飴は、とっくの昔になくなっていた。大男のホエテテだけが、飴を渡された意味がわからないようでキョロキョロしている。
「ホエテテ君、飴を食べてみてくれるかな」
ホエテテは大男だが、甘いものは好きだったはずだ。
我々四人が飴を食べたのを確認して、村長も手にした飴を包み紙から取り出して口に入れた。
「甘いな、これ。うまい。甘くてうまい。甘い」
どこかで見た反応だ。村長は次々と飴を取り出し、片っ端から口に放り込んだ。
それを見ていたユリアンカも、負けじと壺に手を突っ込み、飴で口の中を一杯にした。
「飴はお気に召したようですね」夢中になっている村長に声をかける。「飴のほかに、なにかご入用なものはありますか」
口を飴でいっぱいにしながら、村長がなにかを話そうとしたが、なにをいっているかわからなかった。
「食べ終わるまでお待ちします。ゆっくり楽しんでください」
老人が飴を貪り食うさまは、けっして威厳のあるものではないが、卑しさは感じなかった。
「村長殿、少し御不浄を借りたいのですが」
唐突なジンベジのことばに、飴を頬張った村長はうなずいてジンベジを奥に連れていった。
しばらくして部屋に戻ってきた村長は、まだ口の中に飴が残ってモゴモゴとした口調でいう。
「この飴というのは本当にうまいな。人生の中で、これほどうまいものは食ったことがないぞ。この飴となら、どんなものとでも交換してもいい」
やはり西方には甘いものが少ないのだろうか。甘いものへの需要が高ければ、交易をおこなう時の材料になるだろうと心に留めておく。
「飴以外なら麦が欲しい。穀物ならなんでもいいが、やはり麦がいいな」
村長の希望は金や銀ではなく、食物にあるらしい。たしかに、ここまでの道筋で小さな畑のようなものはみえたが、この集落全員を支えるような畑の面積ではなかった。このルビアレナ村は食料に関する問題を抱えているのだろうか。
そのようなことを考えていると、ジンベジが奥から驚いた顔をして戻ってきて、私に信じられないことを耳打ちした。それが本当なら、この村にはとんでもない価値があるのかもしれない。
「村長。私も手洗いを借りてもよろしいですか」
承諾を得ると、便所に向かう。
そこは小部屋で、真ん中に穴の開いた椅子があった。その椅子の穴に向かって用を足すのだろう。
そんなことより、ジンベジのことばを確かめるために、椅子の横の台をみる。
あった。
茶色く手触りは悪いが、間違いなく紙だ。
便所にこのようなかたちで、無造作に置かれているということは、おそらく用を足した後の処理に使うのだろう。普通、そういった用途には柔らかい木の葉や、海綿が使われることが多い。質は悪いとはいえ、高級な紙をこのような用途に使うことは、よほどの大貴族でもない限りは考えられないのだ。茶色い紙を一枚手に取り、村長のところへ戻る。
「村長、少しききたいことがあるのですが、よろしいですか」
うなずく村長に、便所から持ってきた紙をみせると、怪訝そうな顔をされた。
「この紙は手洗いにあったのですが、これは、その、後処理に使うものなんですよね」
「そうだが、なにかおかしいか」
村長の表情には、なぜそんなことをきくのかという疑問が浮かんでいた。
「紙は高級なものです。何度か漉きなおしをしているのでしょうが、手洗いで使うようなものではないのではありませんか」
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