馬具

「私はあと三年ほどで退役する予定だ。退役した後は毎日、孫をつれて散歩するのを日課にすることに決めている」

 ワビ大隊長のことばは、悲痛な響きを帯びていた。

「軍人としては恥ずべきことかもしれないが、このまま何事もなく時が過ぎることを私は願っている」そのことばを遮ろうとした私を手で制し、大隊長は続けた。「だが、どれほどの功績があろうと、私心により軍隊の仕組みをないがしろにしたり、そのことで国に不利益を与える存在には我慢がならん」

 ワビ大隊長は歴戦の軍人らしく、不敵な笑みをみせた。

「私はなにもきかなかった。お偉いさんが望むように、これからもローハン士官は危険な最前線で戦い続けることになるが、戦争なんだから勝つこともあれば負けることもある。大隊指揮官として、ターボル守備隊にわざと負けて兵士を失うほどの余裕はないから、通常の部隊と同じように物資の支援もおこなうし、必要に応じて増援を送る。これでいいな」

「それ以上望むことはありません。ありがとうございます。どうしようもなければ、私だけが死ぬような命令を出してください」

 兵士である以上、戦争で死ぬことはしかたない。だが、私の巻き添えで未来のある若者が無意味に死ぬことは許せなかった。少なくとも、ワビ大隊長は信用してもよさそうだった。 

「ところで、今日ターボルの町にきたのには理由があります。少しお話させていただいてよろしいですか」

 大隊長がうなずくのをみて続ける。

「私の予想では、同盟者であるキンネク集団を、別の鬼角族であるナユーム集団が攻撃すると考えていたのですが、現在のところその兆候はまったくないようです。このまま小康状態が続くのであれば、この機会に鬼角族に武器を供給している勢力への接触を試みたいのです」

「ローハン君、それはどのような種族なんだ。情報はあるのか」

「現在わかっていることは、バウセン山とよばれる場所に、鍛冶屋族という種族が居住しているということだけです。鍛冶屋族は人間とは違う種族のようですが、鬼角族が使う大太刀を作り出す高度な技術を持っているようです」

 そういいながら、腰に下げていた戦利品の大太刀を鞘ごと渡す。

 それを受け取ったワビ大隊長は、なにかの樹脂で固くした皮の鞘からゾロリと大太刀を抜いた。

「えらく途中から曲がっているが、これはなぜだ」

 馬上での片手斬りおろしに特化した構造であることを説明すると、納得したように大隊長は刀身を爪弾いいた。澄んだ金属の音が鳴り、なかなか鳴りやまなかった。

「たしかに、なかなかの逸品だな。それに表面のこの変な文様はなんだ。どうすればこんな太刀がつくれるんだ」

「それがわからないので、鍛冶屋族の住むバウセン山へいってみたいのです。往復で二十日ほどはかかるようですが、それだけの価値はあると思われます」

 大隊長は、大太刀の表面に浮かぶ年輪のような文様をながめながらいった。

「必要なものはなんだ。交易をするなら、こちらからもなにか価値のあるものを持っていく必要があるんじゃないのか」

「今回は挨拶をするだけですから、それほどのものは必要ないと思います。とりあえず必要なのは、馬具を三組」

「馬具なんてどうするんだ、ローハン君。贈物にでもするのか」

 私は首を横に振った。

「バウセン山は、鬼角族にとって中立地帯のような場所になっているそうです。人間が近づくことを快く思わないかもしれません。鬼角族に変装し、騎兵となってバウセン山に向かいます。馬は手配できますが、鞍やあぶみがないと私たちは馬に乗れませんから、そのために必要なのです。鬼角族と鍛冶屋族は、羊たちの皮で交易をしているといわれているので、牛の皮があれば交易品となるかもしれません。それと……」

 ワビ隊長は、いいにくそうにしている私に話の続きをうながした。

「ある経験から、甘いものがあれば鍛冶屋族の歓心を買うことができるかもしれません」

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