告白

「チュナム守備隊のローハンです。至急ご提案したいことがあり参りました。ワビ大隊長はおられますか」

 もうそろそろ日が暮れそうな時刻ではあったが、大隊長は天幕にいるとのことだったので、本部入り口の前から呼びかける。

「入りたまえ」

 大隊長からの声に、天幕の入り口を開いて中にはいる。書類が積みあがった組み立て式のテーブルの向こうから、ワビ大隊長が笑顔でこちらに歩み寄ってきた。

「おやおや、これはこれは鬼角族退治の英雄じゃないか。三ヵ月、いや四ヵ月ぶりか。よく来てくれたな」そういいながら、分厚い掌で私の手を包み込むように握った。「お茶を持ってこさせよう。ジョッピ! ジョッピはいるか。客人を私にお茶を頼む」

 すぐに副官のジョッピがあらわれ、私を一瞥すると軽く会釈をして天幕から出ていった。

 ワビ大隊長は広いテーブルの椅子に腰かけ、反対側を指さした。 

「そちらに座ってくれ。すぐにお茶がくると思うが、どうやって鬼角族を撃退したのかぜひ教えて欲しい」

 椅子にすわり、ワビ大隊長の顔を見つめながら、どこまで話をするか考える。軍隊では率直に、簡潔な答えが望ましいということを思い出し、すべてありのままに話をすることにした。

 予定された敗北のこと、投槍器のこと、初勝利のこと、ハーラントが亡命してきたこと、最後の戦いのことをありのまま話をした。ただ、ユリアンカが、いまチュナム集落にいることは話さなかった。ユリアンカをターボルにつれてくることでおきる厄介ごとを恐れたからだ。いや、本当はユリアンカをターボルの人々の目に触れさせたくないという嫉妬心が理由かもしれない。途中で副官のジョッピがお茶を持ってきたが、私の話をきくこともなく、すぐに天幕を出ていった。

「その話が本当だとすると――いや、すまん。本当の話なんだな」大隊長が驚いたようにいった。「こんな話は、おとぎ話の英雄譚でしかきいたことがないぞ。君こそ真の英雄だ」

 英雄でないことは、自分自身が一番よくわかっている。運が悪ければ、私が死ぬだけではなく、チュナム守備隊の兵士も全滅していたということを。

「いえ、私は英雄などではありません。国境周辺の友好民族を訓練し、武装させることで兵力の不足を補うことは、辺境統治ではよくおこなわれていることだと思います。しかも、鬼角族の族長候補が亡命してきたことはただの幸運ですし、人間のことばが通じたということも偶然にすぎません。私が誇ることができるのは、ヴィーネ神の御加護があったことくらいでしょう」

 必要以上の謙遜は逆に嫌味になることは知っていたが、妻のアストに裏切られ、捨て鉢になっていた私が自分や兵士達の命を賭けた骰子サイコロ勝負をしただけなのだ。そもそも、あのような賭博はするべきではなかった。

「まあ、君がそういうなら、そういうことにしておこう。ただ、私は軍人として今回の成果は素晴らしいものだと考えていることを知っておいて欲しい」そこまでいうと、ワビ大隊長は少しなにかを考えるような表情をみせ、なにかを決意したように話を続けた。「ところで、ハーラン。君は、なにかギュッヒン侯の恨みを買うようなことをしでかしたのか」

 突然のことに、なんと答えていいのかわからなかった。どういうつもりなのか探るため、ワビ大隊長の目を真正面からみつめる。その瞳には、敵意や恥じるような影はなかった。率直に、簡潔に軍人らしく答えること決意する。

「じつは、私の妻がギュッヒン侯の子息と内通した現場を見つけてしまい、カッとしてギュッヒン候の子息を殺害しました。自首しましたが、ギュッヒン侯は子息が人妻と密通して殺されたことを隠したいのか、事件そのものをなかったことにしたようです。そして私は、極めて戦死する可能性の高い西方辺境へ配属されたというわけです」ローセノフ中隊長の好意もあったはずだが、ここで名前を出すと迷惑がかかってしまう。「ワビ大隊長、このことはぜひ内密に願います」

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