鬼角相撲

 鬼角族にしては背が高くない。それがハーラントに対する第一印象だった。

 はち切れそうな筋肉は素晴らしいが、身長は私と同じくらいだ。

 鬼角族の少年である可能性も考えたが、こうして手の届く距離でみると若いが子どもではない。

 おそらく、相撲の前に神にささげるものであろう踊りを披露しているハーラントを見ながら、体の腱を伸ばす。

「待たせたな。それでははじめようか」

 ハーラントのことばにうなずくと、できるだけ地面が平らな場所に移動する。

 鬼角族の相撲には土俵のようなものはないはずだ。

 文化や風習のことはわからないのに、軍の先達たちは自分たちの戦争相手である鬼角族の武器や戦い方については熟知していた。


 お互いに腰を低く構え、どちらからともなく戦いは始まった。

 ハーラントは、低い姿勢のまま素早くこちらの腰ひもを取りにくる。

 反射的に私はハーラントの頭を右手で押さえ、組みあいになるのを避けた。

 鬼角族は距離を取り、不思議そうにこちらをみつめる。

 鬼角相撲では、組みあってから相手の腰ひもを取り、そこを起点として投げ技を仕掛けるのが基本だ。だが、こちらが相手の流儀に従う必要はない。力比べでは勝てるはずはないのだ。

 ハーラントの動きが急に速まった。さらに腰を低くし、こちらの足を取りにくる。

 これも予想通りだ。上からがぶって、逆に相手の両腕を取りにいったとき、世界が消えた。

 自分が宙を舞っていることに気がつくまでの瞬きする間に、体が勝手に反応して空中で体をひねる。

 右肩から地面に叩きつけられ、息が止まるが、そのままの勢いで回転するように起き上がる。

「我の肩投げをくらって、倒れなかったことは褒めてやるぞ」

 相手に足を取られてもいないのに後ろに放り投げられたのは、低い姿勢から腰の力だけで投げ飛ばしたということか。右腕がジンジンと痺れる。やはり筋肉ダルマの底力は侮れない。

「それでは、仕切り直しだ」

 そういうと、鬼角族は体を低くして腰ひもをつかみにくる。今度はあえて頭を押さえて防御しない。

 ハーラントの腕が伸びきるように少し腰を引き、相手が腰ひもを握った瞬間に、肘関節の少し上を外から強く締め上げた。

 今度はハーラントが驚く番だった。

 鬼角相撲には関節技はない。

 立ったまま一瞬で肘関節をめる技など、筋肉こそすべてのムキムキには知る由もないだろう。

 痛みに腰ひもをから手を離したハーラントを、上から力いっぱい地面に叩きつけ、素早く距離をとる。

「草の味はどうかな、キンネクの戦士よ。力なんてなくても、君を地面に叩きつけたぞ」

 鬼角族はすばやく起き上がり、土をはらった。その顔からは、いままでの傲慢な表情が消え、深い怒りと慎重さ見て取れた。


 それからは一進一退だった。その膂力りょりょくで振り回し投げ飛ばすハーラントに、一瞬の隙をついて関節を極める。かなり両肘の関節にダメージを与えているはずだが、ハーラントの筋力は無尽蔵のように思えた。

 このままでは勝てない。

 少しづつ焦りを感じはじめる。

 鬼角族の想像もつかないような、意表を突いた攻撃が必要だ。

 ハーラントが右手で襟を掴みにきた時、決意した。危険はあるが、これなら相手の両肩を地面につけられる。

 襟をつかむ相手の右肘を左手で極め、右足をあずけて体を丸めて後ろに回転する。肘関節が極まっているので、相手はその痛みに耐えきれず倒れるはずだ。

 飛びつき腕十字はとても変則的な技で、関節技を知らない鬼角族には想像もつかないだろう。

 肘関節の痛みと私の体重は、ハーラントを地に這わせるはずだった。

 しかし、私の予想よりも敵の筋肉は強く、投げられたことによる右肩への衝撃は技の切れを鈍くしていた。

 全体重をかけた私は、ハーラントの右腕にぶら下がるようなかたちになる。

 そのまま、右腕にぶら下がった私を地面に叩きつければ決着がついたはずだ。頭から落とせば、首がただではすまないだろう。

 敗北を確信した瞬間、なぜかハーラントの右腕の力が抜け、鬼角族はくるりと前に倒れこんだ。

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