賭け

 殺し合いにならないのであれば、訓練と同じだ。

 新兵を訓練する時には、たいてい腕に覚えのあるはねっかえりものがいるもので、そういう新兵は自分より強いものにしか従わない。そういう相手には、格闘術でどちらが上かを示さなければならないこともある。

 訓練トレーナー贈物ギフトが与える力は、実戦でなければたいていの相手に勝利を収めることができる。しかし、かなり昔に拳闘ボクシング贈物ギフトを持つ新兵に私がぶちのめされて以来、自分から挑んでこない相手とは手合わせしないことにしていた。どれくらい強いかわからない相手に、自分から戦いを挑むことになるのは何年ぶりだろうか。

 近づくにつれ、皮鎧の下のはち切れそうな筋肉や、腰の大太刀の鞘がかなり値打ちものであることなどから、この戦士が只者ではないことが見て取れた。

「キンネクの戦士ハーラントよ、これで気がすんだかな」馬のすぐ横まで近づき、馬上の鬼角族を見上げていう。「人には知恵があるが、勇気もある」

「なんだ、あの父を殺したにしては貧弱な人間だな。本当にお前が偉大なルネラントを殺したのか」

 こちらを見降ろすハーラントの顔には、誇り高く尊大な戦士の表情が浮かんでいた。

「なんだったら、試してみるか」

 そういい捨てると、私は不敵にニヤリと笑う。

 不敵にニヤリと笑えたかどうかはヴィーネ神のみぞ知ることだが、精一杯悪い顔をしたつもりだ。

 鬼角族の左目がピクピクと痙攣した。絶対怒っているよな、これ。大太刀の抜き打ちで斬りつけられないように、すぐにことばを続けた。

「その腰の業物わざもので斬りつけないでくれよ。武器は持っていないぞ。なんでも鬼角族には相撲という力比べがあるんだろう? 相撲でどちらが強いか見てみようじゃないか」

 あえて鬼角族とよんだことで、さらにハーラントの怒りは大きくなったようだ。

 無言のまま馬をひらりと降りると、腰の大太刀を外す。

 兜を放り投げ、乱暴に短剣を叩きつけた。

「私は異邦人だから、ルールを確認させてもらってもいいかな」ハーラントはなにもいわない。「拳で殴ること、足で蹴ること、指を折ること、目を突くこと、首を絞めること、急所を掴むことは禁止。両肩を同時に地面につけられると負けということでいいんだな」

 筋肉ダルマは、不敵にニヤリと笑った。これぞ不敵な笑みといえる。私の不敵な笑みは、これくらいの水準に達していたのだろうかという疑問が浮かぶが、いまはそんなことを考えている場合ではない。

「よく知っているな、人間よ。ルールはそれで間違いない」

「では、ひとつ賭けをしないか」ハーラントが怪訝そうな顔をする。「勝った方が負けた方に降伏するというのはどうだ」

 鬼角族は驚き、そして笑い出した。

「ガリガリの骸骨の分際で、我に勝てると本当に思っているのか。頭がおかしいのか、人間よ」

 私が笑顔でハーラントを見つめていると、ガチムチは急に笑うのをやめた。

「本気のようだな。よし、お前が勝てば我と仲間達は降伏しよう。もし我が勝てば、本当にお前たちは我に降伏するのか」

 私がうなずくと、鬼角族はまた笑い出した。

「度胸だけは一人前だな。そうだ、ひとつ情けをかけてやる。私が勝っても、降参したお前らを皆殺しにしたりはしない。お前も同じ約束ができるか」

「約束しよう、私が負ければは降伏し、勝てば降伏した鬼角族を皆殺しにしたりしない。ヴィーネ神に誓おう」

 もとより負けるつもりはなかったが、負けることも十分考えられる。もちろん、負ければここにいる人間は降伏する。しかし、羊たちまで降伏するという約束はしていない。たった二十名の投槍兵だが、私が負けたときにはその投槍の威力を鬼角族に見せつけてくれるだろう。振り返って、陣地に向かって大声で怒鳴る。

「ツベヒ、よくきけ。これから私はこのキンネクの戦士ハーラントとレスリングをする。私が勝てば、敵の三十名は降伏する。私が負ければ、われわれは、鬼角族に降伏する。いいか、われわれは武器を捨てて降伏するんだぞ」

 兵士たちから歓声があがった。

 ツベヒが手をブンブンと振っている。誰も私が負けるとは思っていないようだ。

 それより、ちゃんと私の考えがつたわっているのだろうか。

 私と同じように振り返って、三十名の騎兵に鬼角族のことばで何事かを伝えていたハーラントも、こちらに向きなおった。

「仲間には今の条件のことを伝えた。それじゃあ、我とお前のどちらが強いかはっきりさせようじゃないか」

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