VS異世界鴨嘴人 ~前編~

『防御だ!』


 主である精霊の下命に従わず、雨宮は左手を前方に突き出した。

 迫りくる六発の銃弾との間に魔法円を展開させ、放つ魔力砲がもろともを消し飛ばす。

 一辺が10mの狭い空間では元来の規模には及ばないが、威力には何ら陰りはない。

 人ならざる者の攻撃など避けるまでもなく、攻撃力の過多のみでねじ伏せる。その様な意図が見え隠れする雨宮の一撃だったが、それでも劣勢に追い込まれていたのは彼女の方だった。


「ッ」


 身体を穿った六つの痛撃に、雨宮が舌打ちする。

 魔法によって強化された今の彼女からすれば、大したダメージではない。しかし、問題はそこではない。

 魔力増殖炉カタストロフ・スフィアによる限界突破。その威力は、東京タワーを始点に、スカイツリーを吹き飛ばし、射線上にある東京駅の七割を喪失させる。正真正銘、雨宮奏最強の一撃だ。

 その直撃を受けて、それは嘆息した。


「やれやれ、まだ実力の差がわかんないかな~」


 両手を広げ、黒一色の暗殺者然とした服を纏ったそれが歩み寄る。

 一目で異形とわかる顔には、大きなくちばしが伸び、茶色い体毛が覆っている。両手両足には水かきがつき、体格は雨宮よりも二回りはでかいだろう。


「僕のローンパインコアラは無敵なのさ。お前みたいな、雑魚の攻撃なんかじゃ、傷一つ付けられないって何度言えばわかるのかな~。顔も悪ければ、頭も悪いとか、救いようがないってのはこういうことだね」


『だから防御しろと言ったのだ』


 雨宮の脳内に〝法則を決定する者オーダー〟の声が反響する。


「銃弾を消し飛ばせば、解決するかと思うたのだがの」


 雨宮が口にした通り、銃弾は全て消滅させていた。

 カモノハシを人型化させたような敵の手には、赤単色のハンドガンが握られている。どういうわけか、回避しようが撃ち落とそうが、ここから発射された弾は必ず雨宮の身体に命中するのだ。

 つまり、先のように塵一つ残らず迎撃しても直撃してくるのだ。

 それでも、ここまで数十発の弾痕を肌に付けてまで検証した結果、防御すればダメージを軽減できることは判明している。

 とはいえ、現状、雨宮の置かれている立場は危うい。

 近、遠距離問わず、ローンパインコアラと呼ばれる銀の胸当てが全ての魔法攻撃を無力化し、必中の銃弾が雨宮の負傷を増やしていた。

 獣面した敵が銃を構える。


「ほらほら、どんどん行くぞ~」


 水かきが邪魔をする指を器用に操り、たった一度しか発生しない銃声を轟かせ、六発もの弾丸が放たれる。

 目にも止まらぬ超高速射撃。

 並の人間なら、脳が銃声を判別する間もなく絶命する。その瞬きほどの刹那で、雨宮は右へ飛ぶ。同時に、彼女を追尾し弾道を変える鉛の弾を左の手のひらで全て薙ぎ払う。


「もう、それも見飽きたかな~」


 完全防御により無傷でやり過ごした雨宮を、赤の銃口が覗く。

 轟く雷鳴が、空を駆ける彼女を捉えた。


「遅い」


 今度は右の手のひらで防ぎ、プラズマ砲を掻き消す。

 着地と同時に、地を蹴り獣面との距離を詰める。だが、一瞬早く、両のくちばしから吐き出された大量の水蒸気に飲まれ敵を見失う。

 1m先すら見えない濃霧に紛れ、カモノハシの持つ必中弾が雨宮の左肩から肘までを叩く。

 濃霧に紛れるだけならば、対処のしようもあった。

 しかし、ひとたびこの技を発動させられると、気配から何まで認識できなくなり先手を許してしまっていた。この状況を作られるのは、すでに三度目である。


「《渦巻く乱気流スパイラル・ヴォルテックス》」


 術者である雨宮を中心に、部屋全体を揺るがす暴風が巻き起こり水蒸気を蹴散らす。

 風属性の高級レベル6に位置づけされる猛烈な風を受け、カモノハシが宙を泳ぐ。

 間髪入れず、雨宮は本日二度目となる最大火力の魔法を右手に装填する。

 迎え撃つカモノハシが銃を構え、


「《地獄より放たれた狂砲インフェルノ・バスター》!」


「オートエイム・プラズマブレット!」


 寸分の狂いなく互いの牙が中央でがなった。

 部屋全体を覆いつくす雨宮の弩級魔法レベル8に対し、直径20cmの電磁砲。結果は火を見るよりも明らかで、刹那すら持ちこたえられずに、カモノハシを巻き込む。

 攻撃が収束する中、で地面に降り立ったカモノハシが蔑むように鼻で笑い、追撃の引き金を引く。

 それを、雨宮は被弾した右下腿を庇いつつ、全てを手のひらで払い落す。


『余の【企画のゴリ押し】がなければ、すでに負けているぞ』


 繰り返される光景に〝法則を決定する者オーダー〟が再び口を挟んだ。


「懲りないやつだな。僕には通じないってのが、まだわかんないかな~」


 くるくるとハンドガンを回したあと、出てもいない煙を吹き消す。


「いいか、僕は神に選ばれた勇者なんだ。世界を救う使命を果たすためにも、これ以上、下っ端に付き合ってやる時間なんてないってことだ。わかる?」


 持ち上げられた愛銃ヒールズビルが雨宮に向く。

 ここまで必中の攻撃に耐えられていたのは、[手のひらで受ければ無傷にできる]よう規則ルール化していたからに他ならない。

 逆に、不可視、相殺を逃れた被弾が彼女の矮躯に傷を刻み込む。

 形勢は誰の目にも明らかだった。だが、それで良いと、魔法使いの長は衰えぬ闘志を宿す。

 真に狙うは、魔力増殖炉カタストロフ・スフィアの副次効果たる強制魔力中毒だ。

 これだけの激戦に晒されてなお、汚れ一つない壁面は初戦と同じ破壊不能化にしているからである。この密閉された空間を満たすマナの濃度が致死量に達するまでの時間を稼げれば、自動的に雨宮の勝利が確定する。

 あとは、如何様にして相手に気取られないようにするか。それが雨宮の描いた勝利への導線だ。

 とはいえ、魔力増殖炉カタストロフ・スフィアの欠点は、敵の魔法も強化されることだ。結果的に、魔法で強化された雨宮の防御が貫かれているのは自らが招いた種だと言える。

 しかし、これが圧倒的な実力差を印象付ける要因となっているのも事実。

 彼女の手のひらの上で踊らされていることに気づかないのは、これが理由だ。ようは、気を良くして深く物事を考えていないということである。

 先に仕掛けたのはカモノハシだった。

 突き出した上下の顎を割り、視界を奪う濃霧が吐き出される。

 姿を消す難敵に、吹き荒れる風で対処するも、先に届く銃弾が彼女の左大腿を焼く。

 よろける雨宮。

 これを見逃すほど、カモノハシは間抜けではなかった。

 水蒸気を霧散させた風を利用し、天井に足をつけたカモノハシは反動で飛び掛かる。


「さあ、そろそろ悪は舞台から降りてもらうよ!」


 超速で雨宮に迫りつつ、乱射する鉛玉を浴びせ続ける。

 血が飛沫、額が割れる。

 縮まる距離。

 交錯する一人の少女と一匹の雄が止めを刺さんと共に動き――、雨宮の右手がくちばしに触れる。そして、カモノハシが器用に身体を捻り、踵に生えた鉤爪が彼女の頬を浅く裂いた。

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