幕間 ~控室~
今は遠く、遥か彼方の、在りし日――
「運命とは残酷なものであり、理不尽極まりないと私は思っている。どうだろう、君はこれを変えたいと思ったことはないかい?」
大学時代の友人に誘われ、ついていった場所で出会った男性。その第一声がまさにそれだった。
当時の俺は、大学卒業後、某大手ゲーム会社に就職した。新人時代から頭角を現し、やっかみを受けることもあったが、それでも今ではディレクターの地位にいる。
仕事が順調に軌道に乗っていたある日、先の友人に久々に会わないかとメールを貰った。
彼とは度々連絡を取り合っていた仲であり、仕事で顔を突き合わせる機会もある。というのも、VR機器の開発に携わる技術者で、今では世界的にも名を馳せる天才だからだ。
「いきなりだな。今日は面白い話が聞けると誘われていたんだが、これがそうか?」
皮肉たっぷりに返す俺に、友人が引き合わせた件の人物は衝撃的なことを話し出した。
正直、これには呆れた。だが、メリットはあった。だからこそ、あの時の俺はこの話を受けようと思ったんだ。
* * *
フェーズ1、運命を変革するのに必要な要素として、各分野のエリートを集める
「この世界の構造上、重力とは非常に弱い力だ。この理由は他の次元に作用することで力が分散しているからと仮説する」
「ある一つの結果に対して、事実を捻じ曲げることは不可能である」
「ゲームの開発に携わっているなら理解できるだろうが、死亡フラグが立った時点で、それ以後の分岐をどう選択しようとも、それを回避する手立てはない。俺はこれを交錯軸と呼ぶ」
「過去の改変に必要なのは、交錯軸を飛び越え、平行軸へと切り替えること。しかしこれが厄介なことに不可能だと言わざるを得ない。そこで必要になるのが〝並列軸〟への干渉だ」
「意思や記憶の世界があると言ったら信じるか?」
「ドラマ、漫画、小説、アニメなんでもいい。心を動かされたことはないか? それが意思の次元を通じて他者へと干渉する」
「物事とは海馬で記憶され、大脳皮質に貯蔵される。だが、これが一種の出力装置としての役割しかないと言ったらどうする? 記憶とはそれを司る次元に存在し、我々はそこへ干渉しているのだ」
「仮にこの世に神が存在し、世界を創生したとしよう。まるでゲームじゃないか。人間が電脳空間を作り、その中で生きるAIといって差し支えない」
* * *
フェーズ2、下位世界を創生し、人格を情報化する
「電脳空間において、過去を変革し運命を捻じ曲げる行為は人間にしかできない。つまり、どう足掻こうともAIには不可能だ。同時に神に生み出された我々も運命を変えることはできないと結論付ける」
「ここで逆の発想だ。物語の登場人物の行動によって、意思の次元を介し上位世界の住人に干渉できると仮定しよう。キミは好きな物語はあるか? そこに登場するキャラクターに心動かされたことはないか? それが意思の力だ。重力と同じく他次元へ力が分散するため非常に弱い力でもある」
「だが、運命は変わらない。なぜなら、力の影響を受けたのは読者であって制作者ではないからだ。問題はどうやって製作者へ干渉するかだ」
「世界は読者、視聴者あってのものだ。人気のないものは打ち切られる。だからこそ、不条理な世界が作られる。読者を楽しませるために、世界の存在が安定するために、運命は残酷になる。つまり、意思の次元へ強く干渉すればするほど世界は安定し、制作者はより残酷な運命を用意する」
「不死の研究の一つに、人格そのものをデータ化する術がある」
「この技術を応用し、完全なるAIを作成。下位世界に生命を誕生させる」
「製作者の人格を、担当する項目ごとに領域を設定し保存する」
* * *
フェーズ3、タイムマシンの作成
「情報のテレポートは可能だが、肉体のテレポートは不可能だ。なぜなら、テレポート先で肉体を再構築させなければならないからだ。これが可能となるよう、どんなものでも構築できる万能物質を用意しなければならない。仮称として、これをマナと名付けよう」
「マナを作るための下準備として、まずは電脳空間にこのマナが存在する空間を用意しなければならない」
「世界が破綻しないよう慎重にことを運ぶ。第一段階として、電脳生物に特殊な力を与える。第二段階、疑似的に作り出した意思の次元を通じてマナを放出、世界に溢れさせる」
「下位世界から意思を通じて管理者の次元へ干渉させることにより、双方向への力を強固なものとする。これにより二世界の境界線を曖昧にし、世界を騙す」
「強すぎる妄想が伝番し現実となることがある。これを利用し、本来電脳世界にしか存在しなかったマナを現実世界に認めさせる」
* * *
フェーズ4、上位世界線への干渉
「タイムマシンの作成によって過去を変革する準備ができれば、最後にやることは製作者を支配することだ」
「宇宙の構造と脳の構造が似ていると言われているが、これは本当のことだと思っている。この世界は製作者の脳の中だ」
「電脳世界と現実世界の境界が曖昧化された状況を利用し、シナリオライターにあたる製作者の脳へと干渉。タイムマシンと併用し過去を改変する」
* * *
――簡単に区別できる呼称を与えることにする。
電脳空間は、これより虚構の世界とし、マナの存在する場所を狭間の世界と呼ぶ。
我々は電脳生物である人間の上であり、神によって生まれた住人であるから、間を取って精霊を名乗ることにしよう。
以上を以て、これより、当企画を箱庭プロジェクトと命名す――
* * *
「それでは雨宮様、お呼びするまでこちらの部屋で待機をお願いします」
通された部屋にはすでに何人かの人間と、人ならざる者がいた。
「先客がおるようだが?」
「雨宮様には、取り急ぎ鍵の回収をお願いしたく別の施設へとご案内した関係に御座います」
案内役の男にそう言われ、雨宮は「なるほどの」と納得する。
部屋には四つのソファが並び、その一つにラフな格好の白金の女性が寝転がる。
隣には、獣の耳らしきものを頭から生やした人物が、小さな子を抱えていた。雨宮はその前を通り過ぎ、奥の柱に背を預ける恰好で立ち止まる。
部屋の隅には、銀色に輝く首輪をした無精髭の男が佇み、空いた残りのソファに黒いセーラー服に袖を通した紅と翠の瞳の女。その対面に、豊満な双丘を揺らす、こんがりと焼けた肌を宿す女性が座る。
世話しなく動いているのは緊張からか、一人離れた場所に陣取る青いワンピース姿の女。
そこへ新たに、軍人関係と思しき女性が入室してくる。
「随分と静かではないか〝
『……少し昔のことを思い出していた』
「先ほどのことと関係がありそうであるな?」
『そうだな。無関係ではないな。〝
続けて、深緑の髪を逆立てた全身黒づくめの長身男性が現れる。
「この実験に参加しているということか?」
『可能性の話だ』
いつもの〝
そう雨宮が思っていると、もう一度入口が開き、漆黒色の全身鎧に身を包んだ男性が足を踏み入れた。
これで全員が揃ったのか、黒づくめの男が順々に名前を呼び始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます