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「――――んでよ、どうすんべよこれ」
中に居たのは、三人ほどの若者たちだった。いずれも十代後半だろうか。やたらチャラチャラとした格好に、頭髪は茶色やら金色に染めていて。いずれも妙に小汚い外観から、
そんな三人の傍には、二台の原付バイクが隠されていた。三人の内の二人が二人乗りをして引ったくりを実行し、残りもう一人が別の原付で此処に合流してきたといったところだろうか。完全な憶測ではあるものの、何となくそんな雰囲気だ。一人の手元に女物のハンドバッグがぶら下がっている辺り、コイツらが引ったくりの実行犯であることは疑いようもない。
プカプカと煙草を吹かしながら、その吸い殻を足元の埃っぽい床に放り捨てている三人の若者たち。どうやらバッグの中身をどうするかについて話し合っている雰囲気な彼らの会話に、零士は少しだけ聞き耳を立ててみることにした……。
「中身はどんな調子よ」
「収穫はあるべ。十五万ぐらい金は入ってた」
「っしゃ、ラッキー」
「……んでもよ、他にワケの分かんねーのが入ってたんだべさ」
と、ハンドバッグを持っていた若者が、その中から何かしらの封筒を引っ張り出してきた。
「……!」
それを見た瞬間、零士は息を呑む。アレが間違いなく、シャーリィが言っていた組織の重要書類が収められている封筒であることは間違いなかった。
「なんだべ、それ?」
「中身見たけど、ワケ分かんねーんだわ。何となくヤバそうな雰囲気あっけど」
「……ひょっとして、それヤベー奴なんじゃねーの?」
「ンなわけあるかよ、ドラマじゃあるめーし」
……ここまで聞けば、もう十分だ。奴らはあの書類の中身を見てしまった。恐らくは、書かれているであろう重要機密まで。英語の他に日本語で記述してあるものも多いだろうから、奴らの頭でも内容はある程度理解出来てしまったはずだ。だからこその話し合いなのだろう、でなければ金だけ持ってとっくに逃げているはずだ。
「…………」
零士は無言のままにその場から立ち去り、足音を極限まで殺しながら、しかし足早に倉庫の横へと回る。そこにあった配電盤をナイフで叩き壊せば、電気回路が遮断され倉庫の灯りがパッと消えてしまう。驚いた三人の若者が喚く声が、零士のところまで聞こえてきた。
若者たちが慌てる中、零士は再び正面へと戻り。倉庫の大きな扉をバッと勢いよく開き、三人の前に姿を現した。
「だっ……!?」
若者たちの方からは、零士の姿は工業地帯の灯りで逆光になって、顔まではよく見えていないらしい。零士は小さく溜息をつきながら倉庫の中にゆっくりと歩を進め、狼狽える三人に向かって語り掛ける。
「悪いことは言わない、そのバッグをこっちに渡せ」
そうすれば、三人の内でも特に気概があるらしい一人が「うるせぇっ!」と立ち上がりながら、零士に向かって吠えてきた。それが勇気ある行動なのか、はたまた単なる蛮勇なのか。彼らはすぐに知ることになる。
「……どうやら、中身を見たらしいな」
「それがどうしたってんだよ!」
「哀れだけれど……仕方ない」
瞬間、立ち止まった零士の右手が閃いた。
ブレザージャケットの裾を翻し、制服スラックスとズボンとの間に挟んでいたシグ・ザウエルP220-SAOを引き抜く。スウィッチの入れられたX300フラッシュライトが凄まじい光量で吠えた若者の全身を照らし出せば、それとほぼ同時にくぐもった音が倉庫に木霊した。
サイレンサーによって抑えられた発砲音が、倉庫の中で小さく反響する。大口径の拳銃弾での一撃を眉間に喰らった、最初に吠えた若者が身体をぐらりと揺らし、そのまま仰向けに斃れた。眉間に咲く真っ赤でグロテスクな血の華が、彼の
「ひっ……!」
仲間の一人が撃たれたことを知り、何が起こったか分からず呆気に取られていた一人を差し置いて。バッグを抱えていたもう一人の若者が、零士に背を向け逃げだそうと走り出した。
「…………」
しかし、零士の拳銃にその背中が照らし出されると。その若者は背中に三発の.45口径ホロー・ポイント弾を喰らい、小さな嗚咽とともにバタリと倒れ伏す。
「あっ、わっ……!」
最後に残った一人が、怯えて後ずさる中。零士は彼に一瞥もくれないまま、背中を撃たれ倒れ伏した若者に近づき、その背中を踏みつけながら後頭部に一発を見舞った。くぐもったサイレンサー越しの銃声が響き、蹴り出された空薬莢が埃にまみれた床を跳ね。過剰とも思えるトドメの一撃を喰らった若者の死骸の傍には、投げ出された女物のハンドバッグが転がっていた。
「やめっ、たすけ、助けて……!」
二人の仲間が一瞬で殺されてしまった光景を目の当たりにして、完全に怯えきった最後の若者が、尻餅を突いた格好で零士に命乞いをする。そこに今まで仲間内で見せていたような威勢の良さも、粋がりも何も無く。ただただ無様に命乞いをする、ある意味で等身大の若者だけがそこに居た。
「中身を見られてしまった以上、気の毒だが生かして帰すワケにはいかなくなった」
そんな彼が、少しだけ哀れに思えて。零士はチクリ、と胸の奥が微かに痛むのを感じた。
だが、仕事は仕事だ。彼がバッグの中身を、組織の重要書類を見てしまった以上、もう生かして帰すことは赦されないのだ。幾ら哀れすぎるとしても、生かしてこの場から帰してやるワケにはいかないのだ。何よりも、自分の顔も微かにだが見られてしまっているのだから、余計に。
だからこそ、零士は右手で銃把を握るP220の銃口を、ゆっくりと足元の彼に向けた。フレームに取り付けたX300フラッシュライトから照り付ける強烈な光が、若者の眼を眩ます。自分の死の瞬間を目の当たりにしないこと、それだけが零士から彼にしてやれる、ただひとつの救いだったのかもしれない。
「中さえ開いてなければ、そうはならなかったのに。哀れだ、残念だよ――――」
そして、くぐもった銃声はあまりに唐突に木霊した。
激しく前後に動くスライド、蹴り出され床に転がる空薬莢。細長いサイレンサー越しに銃口が捉えた先で、やはり眉間に血の華を咲かせた若者がバタリ、と仰向けに斃れた。両の眼を見開いて、自分に何が起こったのかも分からないまま、息絶えていた。
「気の毒に……運が無かったんだ」
零士はしゃがみ込み、零士は彼の死体の瞼をそっと手のひらで閉じてやる。死に化粧にしてはあまりにお粗末だが、あの世でドライアイになるよりは良いだろう。
そうして彼の死体を眠らせてやった後、零士は倉庫の床に転がっていた例のハンドバッグを回収し。書類の収まった封筒共々に無事であることを確認すれば、仕事用のスライド式携帯でシャーリィに連絡を取った。
「……俺だ、任務完了。パッケージは無事に確保した」
『よくやったね、サイファー。それで、例の引ったくり犯は?』
「数は三。中身を見られていたから、三人とも始末しておいた。他に目撃者は居ない」
『……そうか、分かったよ』
ほんの少しだけ声のトーンを下げたシャーリィの受け答えは、微かにだが残念そうでもあった。きっと彼女も、自分と同じ気持ちなのだろう。そう思えば、やはりシャーリィもとりあえずは人間なのだな、と零士はよく分からない安堵感を覚えてしまう。
『今から処理班を向かわせるよ。サイファー、君はそのままバッグを持って離脱してくれたまえ。受け取るのは明日の朝、学園で構わないから』
「不用心すぎやしないか、それ?」
『君を信頼しているんだよ、零士。……それじゃあまた明日、学園でね。朝から待ってるから、ちゃんと届けに来てくれよ?』
「……はぁ。サイファー了解。これより離脱する」
電話が切れれば、零士は溜息とともにスライド携帯を懐に収め。そして、拳銃とハンドバッグを手にしつつ廃倉庫を後にしていった。まるで最初から、そこに誰も居なかったかのように。三人分の事切れた死骸だけを後に残し、影から影へと消えていくかのように。
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