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――――そして、翌朝。
「やあ、待っていたよ零士。首をうーんと長くしてね」
朝も早々から学園の保健室の戸を叩いた零士を出迎えたのは、こんな具合に教師らしからぬ呑気な声を掛けてくる養護教諭だった。
「シャーリィ」
彼女こそ、零士の……言い方は変だが、所謂ところの上司であるシャーリィことシャーロット・グリフィスだ。
名前から察せられる通りに白人で、ほっそりとした切れ長の碧眼に、髪はウェーブの掛かった長い金髪。一八〇センチ近い長身にとりあえず白衣を羽織っているところは、流石に保健室の養護教諭らしい格好だが、しかしその口元にマールボロ・ライトの煙草が咥えられている時点で、何もかもが台無しだ。
こんな風貌のシャーリィだが、これでも元はイギリスの諜報機関・MI6の出身だったりするエリートなのだ。そこから今の零士の雇い先でもあるSIAに入り、今はこうして上級担当官の役職を得て、零士の上司役を務めている。昔は零士と同じく凄腕のエージェントとして、ジェームズ・ボンド顔負けなぐらいに現場で八面六臂の活躍をしていたらしいが、今ではこんな有様だ。
「ほらよ、昨日のおつかいだ」
肩に掛けていたスクールバッグの中から取りだした、女物のハンドバッグ――昨日、あの引ったくり犯どもから取り返したそれをひょいと投げてやると、シャーリィは「おっとっと」とニヤけつつそれを受け取る。
「ご苦労だったね。手当の方にはちょっと色を付けておいたよ、デートの邪魔をしたお詫び代わりに」
ハンドバッグを受け取ったシャーリィは中身を軽く検分した後、咥え煙草をする口元をやはりニヤつかせながらで言う。零士はそれに大きく溜息をついて、肩を竦めた。
「これにて任務完了だ。じゃあな、シャーリィ」
と、さっさと零士は踵を返して保健室を出て行こうとするが、しかし「少しはゆっくりしていってくれないのかい、零士?」と、そんな彼の背中をシャーリィが不服そうに呼び止めた。
「生憎と、今日はそんな気分じゃない」立ち止まった零士が、振り向きながらで言い返す。
「それに……」
「それに、何かな?」
「俺があんまり遅いと、不審に思う奴が居るのさ」
零士が言えば、シャーリィは「あー……」と、ポンッと軽く手を叩きながらで合点がいったような顔をする。
「小雪ちゃんか……。彼女、元気にしているかい?」
「相変わらずだ」と、苦笑いをする零士。「昨日もシャーリィに呼び出されなけりゃ、あと何時間付き合わされていたか分からんぐらいには」
「ふっ、元気なことは良いコトさ。若者らしいよ、羨ましいぐらいに。
……零士、君だって少しは見習ってみたらどうかな? 少し淡泊過ぎるんだよ、君は」
後半の言葉を呆れっぽい仕草でシャーリィに言われて、零士は零士で参ったように肩を揺らした。
「悪いなシャーリィ、これが俺の性分だ」
そして零士はそう言うと、最後に小さな笑みを横顔に零し、シャーリィの返す言葉を聞かぬままで、今度こそさっさと保健室を出て行ってしまった。
「全く、君という奴は本当に……」
後に独り、保健室に残されたシャーリィは溜息をつきながら、座っていた椅子の背もたれに深く背中を預けた。キィッ、と事務用の椅子が軋む音が、マールボロ・ライトの香りが仄かに漂う保健室に響く。
「ホント、変わらないっていうか、何ていうか。相変わらずだね、零士は」
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