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小雪と別れた零士が、独りVT250Fを走らせる。踊るタコメーターと連動して高鳴る鼓動のようなエンジン・サウンドを聴きながら走る街道は、既に陽が殆ど没していて。夕方と夜の境界線上に立たされた夕闇の中、零士はヘッドライトの光でその夕闇を切り裂きつつ、シャーリィに指定された先へと急いだ。
「……此処か」
そして、辿り着いた先は海沿いの工業地帯だった。東京湾を望む埠頭の外れに零士が辿り着いた頃には、すっかり辺りは暗くなっていて。しかし天高くそびえる幾多もの工場から煌々と照り付ける煌びやかな灯りが、零士の立つ辺りまでもを柔らかく照らしている。
そんな大工場たちの灯りを遠目に眺めながら、零士はエンジンを切ったVT250Fを手で押し。適当な人目に付きづらいところへバイクを隠せば零士はヘルメットを脱ぎ、そして自分のスクールバッグの中をおもむろに弄り始めた。
「今回の状況なら、これで十分か」
スクールバッグの奥の奥、中敷きの裏へ巧妙に隠していた
そんなスクールバッグの奥深くから零士の手で引っ張り出されたのは、一挺の拳銃と一本の折り畳みナイフだった。
――――シグ・ザウエルP220-SAO。
照り付ける大工場の煌びやかな灯りですら反射しないそれは、零士が好んで使う自動拳銃。名門シグ・ザウエル製の高精度にして信頼の置ける拳銃だ。大口径の.45ACP弾を八発収める弾倉を持ち、フレームにはアクセサリ取り付け用の20mmレールが彫られていて、延長された重心の銃口には、サイレンサー取り付け用のネジまでもが切ってあった。グリップパネルは、零士の趣味でローズウッド材の木製パネルに交換されている。
そんなP220-SAOのフレーム部分にあるレールに、零士は続けて取り出したシュアファイア社製のX300フラッシュライトを、そして銃口部には細長いサイレンサーをねじ込んだ。弾倉の中身を確認してから、スライドを引き初弾装填。親指でサム・セイフティを跳ね上げ、制服スラックスとベルトの間に差し込んでおく。
「……ま、コイツに頼る羽目にならないことを祈ろう」
呟きながら、零士が次に左尻のポケットに収めるのが、先に述べた折り畳み式のナイフだ。ベンチメイド社製のモデル・9050AFO。バネ仕掛けでブレードが飛び出す、所謂"
「さてと、面倒なおつかいに出掛けようか」
また独り言を呟きながら、そんな物騒な仕事道具を身に着けて。零士は薄暗い夜の工業地帯を歩き出した。
コツ、コツと、学園指定な安っぽい運動靴のソールがアスファルトの地面を叩く足音が小さく響く。人の気配がまるで無い、寂れたゴースト・タウンのような倉庫街の方へと足を踏み入れながら、一人分の足音が寂しく木霊する。
「……此処か」
そうして歩くこと五分少々。立ち止まりひとりごちる零士が見上げる先にあるのは、大きな倉庫だった。
まるで戦闘機を格納しておくハンガーのような大きさだ。屋根の高さも結構あり、建物で数えるなら二階建て半から三階建てぐらいの高さはあるだろう。そのぶんだけ幅も広く、かなりの量の物資を保管しておけるスペースがあることは疑う余地もない。それこそ戦闘機が丸々一機や、分解してしまえば大型の輸送機すら仕舞っておけるほどに。
だが、そんな倉庫の外壁には派手に赤錆が走っていて。安っぽいトタンか何かの壁材のあちこちに腐食で小さな穴が空いている辺り、寂れているといった形容の仕方が正しいような有様だった。明らかに長いこと使われていた形跡が無く、空き家ならぬ空き倉庫といった趣きだ。
「ま、居るよなやっぱり」
そんな空き家……もとい、廃倉庫だが、不思議なことに倉庫の電灯の一部が灯されているのが零士からも見て取れた。上の方にある小窓から、少しの灯りが漏れ出ている。シャーリィの情報によれば使われなくなって久しい倉庫らしいから、こんな風に誰かの気配があるのは明らかにおかしい。
使われていない倉庫に、誰かが居る。ということは即ち、例の引ったくり犯が情報通りに此処に居るということだ。潜伏しているのか、単に溜まり場にしているのか。
どちらにせよ、この状況は零士にとって好都合だ。これぐらいの閉鎖空間がおあつらえ向きに出来上がっているのならば、逃がすような下手を踏まずに済む。シャーリィが簡単な仕事と、おつかい程度だと言っていたのも頷ける。まして、相手はどう考えても戦闘技術のある相手ではないのだから尚更だ。
小さくほくそ笑みつつ、零士は倉庫の正面へと回り。閉まっている大きな扉をほんの少しだけ開け、廃倉庫の中の様子を覗き見、中から聞こえてくる会話に聞き耳を立てる……。
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