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「んふー、とーちゃーく!」
駐輪場にVT250Fを停めた零士が小雪に連れられてきた先は、市内にある小雪行きつけのゲームセンターだった。
多種多様な筐体から響く賑やかな多重奏が、自動ドアが開くたびに店の中から漏れ出てくる。煌びやかにぴかぴかと光り、音の波が身体を包み込んで。そんな喧噪が支配するこのゲームセンターは、零士にとってもまた見知った店だった。小雪に連れられては、こうしてよく訪れる羽目になっているのだ。
「零士っ、はやくはやくっ!」
「慌てるなよ、別に逃げやしない」
はしゃぎ回って、零士を手招きする小雪に小さく肩を竦めつつ。零士は先を行く彼女の後を、制服スラックスのポケットに手なんか突っ込みながら、ゆったりとした足取りで歩いて行く。
そうして、零士は小雪に連れられるがまま、幾つも幾つもの筐体をハシゴし、対戦やら協力プレイやらに付き合わされては、何枚もの百円玉を溶かしていった。
小雪の選ぶジャンルは多種多様で、体感型や古めかしい'90年代のアストロシティ筐体に詰め込まれた格闘ゲームに、縦、或いは横スクロールのシューティングゲームなどなど。対戦にしろ何にしろ五分五分の勝率だったが、しかしガンシューティング・ゲームだけはいつもいつも零士の圧勝だった。
「よーし! 零士、次はこれやろっ!」
と、いい加減零士が疲れを感じてきたところで連れて来られたのは、かなり大仰なレースゲームの筐体の傍だった。
レーシングギア4、それがこのレースゲーム筐体のタイトルだ。ロールケージ風のバーに囲まれた中には、割と本格的なレース用のフルバケットシートを模ったシートが据えられていて。このテのアーケードゲームには珍しくサイドブレーキ・レヴァーが付いていて、シフトノブは実際のマニュアル車と変わらないHゲート式。そして更にはクラッチ・ペダルまでもが存在しているという超・本格派のレースゲームだ。
「良いだろう、付き合うぜ小雪」
こんな本格的な筐体の前に連れて来られてしまっては、零士としても血が滾るというものだ。新しい百円玉をポケットから取り出す左手が、闘志に燃えているのが分かる。
「ふふーん、此処に来たんなら、やっぱりこれやらないとね」
と、誘ってきた小雪の方もこんな具合に、俄然やる気だ。
ちなみに小雪、これでもかなりの好き者で。他のカジュアルなレースゲームでなく敢えてこれを選ぶのは、「免許取ったら貯金してGT-R買うの!」が半ば口癖となっている物好きの彼女らしいチョイスなのかもしれない。小雪は車のチューニング専門誌や走り屋系雑誌を学園に持ち込んでは、昼休みによく零士に話を振ってくるのだ。曰く「零士しか分かってくれない話題」らしいが。
「場所は?」
「首都高・C1……と言いたいところだけど、今日はそんな気分じゃ無いからね。零士が選んで良いよ」
「んじゃあ筑波で」
「一応訊くけど、なんで筑波?」
「走りやすい」
「あ、そう」
とまあこんな阿呆な会話を交わしている間にも、二人はそれぞれ隣り合った筐体に座り百円玉を投入し、一対一の対戦モードを選択していた。
走るステージは、零士の希望で実在の筑波サーキット。そして選んだ車種といえば、零士が白いFC3S型のサバンナ・RX-7のモデルGT-X、そして小雪が黒のBNR34型、日産・スカイラインGT-R最終型だ。ちなみに、両方ともクラッチ使用の完全マニュアル・モードを選択している。
「小雪はまたRかよ」
「良いじゃん、好きなんだし。……ほら零士、始まるよ?」
「負けた方は明日、昼飯奢りな」
「うー、それじゃあ絶対負けられないじゃないのさ。私、今月ちょっと厳しいんだよ」
「悪いが、武士の情けは俺の辞書に無いぜ」
「えー!? 零士ひどーい!」
「泣かせるぜ、全くよ」
そんな阿呆な会話を繰り返している内に、シグナル・スタート。二人はほぼ同時にギアを入れ、零士の方は後輪を派手にホイール・スピンさせながら、二人の分身が仮想空間へと飛び出していく。
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