/01-3
背中にしがみつく小雪の感触を背中越しに感じながら、零士はVT250Fで街中を疾走する。
傾くボディ、少々の路面の段差で軋むサスペンション。タイヤは小さく軋み、自分は流線形のカウルとともに風を切る。後ろに小雪という余計なウェイトを積んでいるせいで普段より少し重く、重心も後ろに偏ってしまっているが、しかしこれはこれで味があって良いものだ。ツインカムのV2エンジンから発生する強烈なトルクが、二人分の重さをまるで気にさせないほどの力強さで後輪を蹴り飛ばす。
「ぬへへー♪」
何だか奇妙な調子で、しかしご機嫌そうに笑う小雪の笑い声。風切り音でそれは零士の耳にまで届かなかったが、しかし頬ずりしてくるような背中の感触で、彼女がどんな気分なのかは何となく零士にも感じ取れていた。
「ったく、脳天気な奴め……」
口先ではそう言いながらも、しかしフルフェイス・ヘルメットに隠す零士の顔の端からは、微かに笑みが零れている。こうして小雪の誘いに強引に付き合わされるのは割といつものことで、面倒だと感じる部分もあるが……しかし、零士としても実のところは、そこまで嫌でもなかった。
「…………」
無言でスロットルを捻り、ヘルメットのバイザー越しに走り抜ける先を見据えながら。ふと、零士は昔のことに思いを馳せていた。小雪と出逢った頃のことを。
(……もう、随分と前のことになるのか)
小雪と出逢ったのは、あの神北学園に初めて足を踏み入れた日のこと。入学式の日のことだった。
今でも覚えている。丁度、今と同じように窓際最後尾が零士で、その真隣が小雪の席だった。入学式が終わり、さて教室に案内されて。そうして小雪は零士の顔を一目見るなり、何に興味を持ったのか……妙に近い距離で話しかけてきた時のことは、今でも記憶に新しい。
「んふふ、私は物部小雪だよっ。君はさ、名前何ていうの?」
「……零士だ、椿零士」
「へー、椿零士くんかぁ。じゃあさ、これからは零士って呼ばせて貰っても良いかな? 良いよね?」
「好きにしてくれ。なら俺も、君のことは小雪と呼ぼう」
「えへへ、何だか私たち、良いお友達になれそう」
「勘弁してくれ……」
最初の会話は、概ねこんなものだった。この時から今日まで、零士と小雪との……謂わば、腐れ縁に似た関係性は続いてきている。
(前途多難、あの時ほど言葉通りに感じたことはなかった)
零士は、とある理由からあまり学園で他の生徒たちと交流することは殆ど無いと言ってもいい。大抵は授業中だろうが休み時間だろうが、他の連中に構うこと無く読書に耽るのみで、誰かと話す機会というのはほぼ無いに等しかった。
だが、そんな中でも数少ない、いや唯一と言っても良い会話相手が、今後ろに乗せている物部小雪だった。彼女自身が活発な性格なせいか、それとも零士に対して何かしらの興味を抱いているのか。何にせよ、彼女の方からやたらと絡んでくるのだ。
そんな奇妙な関係だからなのか、いつしか小雪の態度は何処か、よく居る幼馴染みの女の子のような立ち振る舞いになっていた。あんな態度で幼馴染み風を吹かしてはいるが、実際のところは出逢ってまだ一年と少しばかり、といった具合なのだ。
それでも、零士はこうして小雪に付き合わされていると。面倒だという気持ちと一緒に、奇妙な安心感のような気持ちも抱いてしまっている。それは恋心とかではなく、単純に友達として。気の置けない間柄の友として、彼女の手で何処かに引っ張られていくというのは、零士としても割と嫌いじゃなかった。
「さて、と……。そろそろか」
と、こんな昔のことに思いを馳せながらオートバイを走らせている内に、零士と小雪を乗せたVT250Fはいつの間にか街の中、二人の目指す目的地のすぐ傍まで近づいていた。
減速し、軽く身体を捻らせて。二人を乗せたVT250Fは道を折れ、片側数車線の大通りからちょっとした横丁へと入って行く。そうして入り込んですぐ先が、もう二人の目的地だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます