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私立・
丘のような場所の少し奥まったところにあり、人家が少なく、近くにあるのは駅がある程度といった、周囲に緑の多い立地に学園は広大な敷地を保有している。
そんな広い敷地の中には面積の大きいグラウンドは勿論のこと、渡り廊下で結ばれ「H」のような形に組まれた、二棟構成で鉄筋コンクリート作りの新校舎があり。そこから少し離れた場所には、古い一棟構成の……今は専ら部活棟として使われている旧校舎までもが存在している。
また、その他の設備も充実していて。先に述べた広いグラウンドの他にも屋根付きの温水プールだとか、列挙し出すとキリが無いのだが……とにかく、ここら一体では群を抜いた設備投資が為されているのが、この私立・神北学園なのだ。
こんな具合に敷地も馬鹿みたいに広く、その上設備まで充実しているというのに。校則まで緩く、自由な校風でもあった。基本的に髪型だとかにも(あからさまな茶髪だとか金髪みたいな、目立つ染めは流石にアレとしても)制限はほぼ無く、その他の校則も緩いのもまた、この神北学園の特徴とも言える。
とはいえ、流石に普通二輪の免許保有や、オートバイによる通学は校則で禁止されている。禁止されているのだが……。
「さてさて、とうちゃーくっ!」
……こんな風にはしゃぐ小雪を伴う零士の目の前には、噂のオートバイが息を潜めていた。
校門を出て、ぐるりと大きく回り込んだ学園の裏手。そこにある濃い茂みの中へ巧妙に隠されていたのは、紛れもなく零士の保有するオートバイだった。
1986年式のホンダ・VT250F。それが、漆黒のカウルに走るレーシーな紅白のラインを湛えた、その名機の名だった。
特性上そこそこ扱いやすく、それでいて耐久性が馬鹿みたいに高いVT250Fは、生まれて三十年以上が経った今でも街中で稀に見かけるほどに頑丈なオートバイで。少しばかり地味なものの、名機であることには間違いのない一台だ。
そんなVT250Fを、零士は専ら通学用として毎日のように酷使していた。メンテナンスは欠かしていないものの、そこまでの酷使にすら耐えるVT250Fの耐久性は流石と言ったところだが、しかし完全な校則違反であることには変わりない。
「ほら」
「おっとっと! ……零士ぃ、投げないでよー」
が、ヘルメットを投げ渡す零士も、それを受け取る小雪も。両者とも、力いっぱい校則違反を犯していることを気にする節すら見せていなかった。今更過ぎるといえば、そうなのだが……。
「細かいコトをイチイチ気にしない、小皺増えるぜ?」
「もーっ! 零士の馬鹿ぁーっ!!」
膨れた小雪が叫ぶ中、ニヤニヤと笑う零士は目の前のVT250Fに跨がり。キーを差し込み、エンジンをスタートさせた。
キュルッと軽快にセルモーターが回れば、真下に抱えた排気量二五〇cc、バンク角九十度で四ストローク・ツインカム仕様のV2エンジンが一発で眼を覚ます。軽快な、しかし何処か猛獣のような獰猛さをも同居させたサウンドが響き、尻のマフラーからは色の無い濃厚な排煙が噴き出し始める。
エンジンにしっかり火が通るまで暖気を待ち、キッチリ暖まったのを確認すれば、零士は自分のフルフェイス・ヘルメットを被った。指先でちょいちょい、と小雪を手招きする。
「さ、乗れよ小雪」
「はいはい、お邪魔しますよーっと」
同じくヘルメットを被った小雪が、零士の真後ろに跨がる。レーサーレプリカ風な流線形の美しい外見ながら、こうしてタンデムもしやすいのがVT250Fの持つ魅力の一つだ。
零士の腰辺りに両手を回し、自分の手を組んだ小雪が、ヘルメットを被る頭で寄りかかりながらコンコン、と零士の背中を軽く叩いてくる。準備完了の合図だ。
「今日も今日とてお嬢様のお守りときた、全く泣かせるぜ」
ひとりごちつつ、零士は何度かスロットルを軽く煽る。その度に零士の目の前でタコメーターが踊り、VT250Fは元気の良いサウンドを響かせる。軽快だが、確かなパワーとトルク感を感じさせる……何処か安心感のある、そんな音色だ。
「さてと、行くぜ小雪」
「ごーごー、れっつごー♪」
「んだよ、それ」
呑気な小雪に肩を竦め、零士は転倒防止のスタンドを蹴り飛ばし。そうしてスロットルを捻りギアを繋げば、二人を乗せた漆黒のVT250Fは猛然とした勢いで公道へと繰り出していく。此処より少し離れた、街の方へ向けて。加速度的に遠ざかっていく年代物の甘美な音色と、微かな排ガスの匂いだけをその場に残して。
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