第20話
「皆さんこんにちは。コルベ家の現当主、マティアス・コルベです。本日はお集まりいただきありがとうございます」
マティアスと名乗った男は、民衆に向かって優雅に一礼する。
見た目の雰囲気は40代前半といったところだが、朗々とした低い声はそれ以上の貫禄を感じさせた。
切れ長の目は油断ならない容貌で、口元には拡声のための呪具がついている。
「ここ暫く、お騒がせしてしまったようですので。こうして改めて説明の場を設けさせて頂きました」
ニッコリと笑顔を作るマティアスに対し、人々の反応はまだ中立的だ。
バイエル家の統治に慣れてしまったためか、或いは――まだ、コルベ家の発表を鵜呑みにしていないのか。
「まずはご安心ください。バイエル家が匿っていた勇者は私どもの兵が討ち、危険は排除いたしました」
民衆にどよめきが広がる。
私は自分が勝手に生かされたり殺されたりする話にいい加減辟易しつつ、壇上の周囲にいる警備たちを観察した。
既に、最初に見たときから数が1人減っている。相変わらず姿は追えないが、これはゼルの仕業だ。
「そして、そんな危険因子をわざわざ匿ったバイエル家にこの都市の統治は任せられないと。手続きができあがっていないので、まだ他家とも合議の途中ではありますが・・・・・・今後は、別の家がこの都市を治めていくことになるでしょう」
どよめきはやはり困惑の色が強い。
マティアスの発言を嘘だと感じ取っているわけではないが、バイエル家の信用がそこまで低かったわけではないのだろう。そんな人々の反応を見ながら、マティアスは目を細めた。
「皆さんが困惑するのも仕方ありません。バイエル家の統治が今まで長かったですし、急にこんなことを言われてもどうすればいいかわからないでしょう」
警備が2人、3人と倒れていく。警備のリーダーと思われる人物が不審な状況に気づき、報告のために壇上にひっそり上がろうとするのが目に入った。
そろそろ、だろうか。
私はエリンの肩を軽く叩いて合図を送る。
エリンは、会場のマティアスを睨みつけたまま静かに頷いた。
「だから今すぐどうこう、というわけではありませんが。ただ、皆さんには今日この時から時代が変わるということを」
「ちょっと待った――!」
柵に手をかけ、身を乗り出さんばかりの勢いで叫んだエリンの声が広場に響き渡った。
******
「なんだ?」
「あっちの上だ、誰かいる」
「時計台?」
「あれ、もしかしてエリン様じゃないか?」
「ほんとだ。捕まってるんじゃなかったのか」
人々の呟きは次第に大きくなる。注目を完全に奪われたことを察したのか、マティアスも諦めてエリンの方へ顔を向けた。
「貴女は」
「エリン・バイエルです。皆さん、遅れました」
その簡潔な名乗りに、再びどよめきが大きくなる。
マティアスは一瞬驚くような反応を見せたものの、すぐに落ち着いた表情に戻って話しかける。
「エリン様でいらっしゃいましたか。お姿を見かけないので、この都市はもう離れられたものかと」
「マティアス・コルベ」
エリンは取り合わず、射抜くようにマティアスを見つめる。
ちなみにエリンは拡声の呪具はつけていない。この程度の距離と範囲であれば声を張れば事足りるし、勢いを重視するなら拡声は通さない方がいいです、とは本人の弁だ。
「2つ、簡潔にお聞きします。まず、どうやって一騎当千の勇者を倒したのか」
「それは、勇者が既に手負いで」
「もう1つ。討ったというなら、その死体をいますぐここに持ってきてください」
民衆のどよめきが大きくなるとともに、雰囲気がこの状況を面白がる方向に変わってきた。
マティアスは、ほう、と顎に手を当てる。
エリンのお姉さんを捕まえたことから、この会見で何者かが乱入すること自体は向こうも予想できていたことかもしれないが、それにしても肝の座った反応であった。
コルベ家も馬鹿ではない。勇者を討ったと豪語する以上、マティアスはこの指摘に対する答えも用意しているのだろう。
マティアスがニッと笑う。エリンの唐突な要望に対して返答しようとして、
「それは、!?」
彼は何の前触れもなく、盛大に尻もちをつく形でずっこけた。
エリンは何事もなかったかのようにマティアスを問い詰めていく。
「もし、本当にバイエル家が勇者を匿っていたとして。その状況なら、勇者に対して完全な不意打ちを仕掛けるのは難しいはずです。幾ら手負いだったとしても、正面から勇者を倒せるほどの戦力をコルベ家・・・・・・ついでにヴァール社も含めましょうか。そちらが持っているとは思えません。まあ、持っていたらそれはそれでどうかと思いますが」
マティアスは慌てて立ち上がろうとして――立ち上がれない。
何かを叫ぶように口を開けているが、その声も響いてこない。
その表情が、驚愕から怒りに変わっていく。
「この街の皆さんであれば、勇者の強さをその目で見た方もいらっしゃるのではないでしょうか?」
民衆は口々に何かを囁きながら、時計台の上にいるエリンと壇上で尻もちをつくマティアスを見比べている。
私は周囲の気配に気を配りながら、マティアスの挙動をじっくりと観察していた。
「そして、勇者の死体も持ってこられないと。当然ですよね。最初からここに居ない人間の死体なんて、用意できるはずがありませんもの」
やれやれとオーバーリアクションで語ったエリンに、会場のざわめきは最高潮に達した。
どうも様子がおかしいと、マティアスの後ろに座っていた数人がマティアスの元に駆け寄る。マティアスはそれに目をくれず怒りを顔に貼り付けたまま何かを探すように周囲を見回していた。
私は、昨晩の宿屋での作戦会議を思い出していた。
「結局のところ、言ったもん勝ちなんですよこういうのって」
「まあそうだね」
エリンが少しふてくされたように言うのに対して、ゼルが同意する。
「こちら側の身柄を抑えておいて、向こうは言いたい放題。多少怪しくても、既に大義名分を流布し終えた言論は出来レースでしかないわけです。この状況から私がコルベ家と正面から言い合ったところで、勝ちの目は殆どありません」
「ないとは言わないの?」
「見栄です。細かいことはいいじゃないですか」
思わず私が突っ込んでしまった言葉に、エリンはやや気恥ずかしそうに睨んできた。
ひとつ咳払いをして、エリンは毅然とした表情で宣言する。
「ですから、こちらも同じことをしたいと思います。ゼル様は、消音式が使えるんですね?」
「・・・・・・。なるほど」
ゼルが納得するのに少し遅れて、私もエリンが言わんとするところをなんとなく理解する。
「そもそも、今回の勝者を決めるのは会場に集まった民衆です。一番大事なのは理屈や事実ではなく、『それらしく見えるか』ですし」
「お、政治屋っぽい」
「余計なお世話です。正義も真実もこっちにあるんだからいいじゃないですか」
「バイエル家と勇者の繋がりは丸っきり嘘じゃなくなったけどね」
ゼルの指摘に、エリンは頭痛をこらえるように頭を抱える姿勢になる。
というか、勇者どころか魔王もついている。事実が割れれば大惨事だ。
エリンは顔を上げてため息をつく。
「とにかく。ゼル様は消音式を使って、『私の主張に対して、口をパクパクと開きながら何も言い返せないコルベ家』を演出して欲しいんです」
「ついでに転けさせたらどう?」
先程の理解が合っていたことに安心しつつ、私は半分冗談のつもりで提案してみる。
「採用で。絵面がより分かりやすいですし」
いいのか。やりすぎな気もするけど。
「勇者を殺したと既に紙面で言っている以上、暴く嘘には困りません。後はタイミング次第ですが、こちらに関してはゼル様が警備をひっそり殴り倒す時間との兼ね合いでしょうか」
「え、そんな物騒なプランだったの」
――――・・・・・・。
マティアスの後ろに座っていた他のコルベ家の人たちは、先程警備から伝えられた警備隊の負傷と現在の会見の状態に当惑していて、すぐに行動を起こせない様子だった。混乱を招くという意味では、警備を張り倒すのも意味があったようだ。
そんな中で、観察していたマティアスに動きがある。
声ではなく、仕草。手首を返して、こちらを指さしたり、握りこぶしを作るような動きをした。
壇上周辺だけでなく、各所に潜んでいた気配が動く。
ここからやっと、私の仕事だ。
舐めあいジャーニー だくねす佐倉 @dknshewi178
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