第7話
強烈なインパクトを引っさげて現れた青髪の女の子に対して、絶句からの回復が早かったのはゼルの方だった。やや引きつった笑顔でゼルが問いかける。
「何故、俺なのか聞いても?」
「美味しそうだからです」
真剣な顔で即答される。危ない人にしか見えなかった。
しかしゼルは呆れたようにため息をつくと私の方を向き、
「仕方ない。ちょっと恵んでやってもいい?」
そんなことを聞いてきたのだった。
「へっ?」
思わず変な声が出る。
一方で少女は顔を輝かせ、勢いよく頭を下げた。
「ありがとうございます!」
「うるさい。まだ決まってない」
反応がうざったかったのか、今度は冷たくあしらうゼル。
脳内を疑問符に埋め尽くされた私は、取り敢えず説明を求める。
「どういうこと? 知り合いか何か?」
自分で言いつつ、知り合いだとしても体液はあげないような気もした。
少女にはあまり聞かせたくないのか、私の耳元に口を近づけたゼルが小声で答える。
「俺がこいつのこと知ってるだけ。まあ、詳しいことは店の中で話すよ」
「はあ、別にいいけど・・・・・・」
こそこそ話を終えて、私達は少女に向き直った。
ゼルがすぐ前方の店を指差す。
「俺達そこでお昼食べるから、ついてきて」
「はい!」
満面の笑みで、少女は私達の後ろに付き従ってくる。
この子は世渡り上手いタイプなんだろうなぁなんてことを思いながら、私は食事処の扉を開けた。
******
店は木造で、入り口を過ぎてすぐのフロアには四人用くらいの丸テーブルが点在していた。客の入りはぼちぼちと言ったところで、外ほど賑やかではなかったが静か過ぎるということもない。
ゼルの希望により、私達は店の奥の個室に案内される。
ここでなら他の客からは見えないし、大声で話さない限り会話が漏れることもなさそうだった。
私とゼルは隣に座り、青髪の少女と四角いテーブルを挟んで向かい合う形になる。
一通り注文を終えると、ゼルはバッグからナイフを取り出した。ぎょっとしてゼルを見るが、彼女は至って平然と青髪の子に話しかけた。
「血でいいね?」
「はい! ありがとうございます!」
答えが返ってくると、ゼルは空のコップを持ってきてその上で手首をスパッと切る。
それなりの勢いで血が吹き出し、50ccくらいの量が貯まったところでそれを少女に手渡した。
「ほら」
「わーい」
ニコニコしながらコップを受け取る少女。
展開に追いつけない私が呆然としていると、ゼルは治癒式で止血をしながら私に話しかけてくる。
「あれ、レナはトナジルに行ったことあるだろ?」
「トナジル? ・・・・・・あー、通ったけど。それが?」
トナジルというと、中立都市郡の中で一番発展している都市だ。
「割と有名な話だと思ってたんだけどな。トナジルを治めてるバイエル家は、吸血一族だって話」
吸血一族。
言われてみれば聞いたことがあるような、ないような。
バイエル家は元々魔人国の貴族だったのだが、数代前に霊人族の女が嫁入りして混血になり、それ以来面倒な体質を持つようになったとかなんとか。
原因はよくわからないのだが、兎に角呪力が不足するらしい。自身の身体に流れるものだけでは賄いきれず、定期的に外部から呪力を摂取しないと体調を崩すそうだ。
人の体を流れる呪力については未だ分からないことが多いが、「人の体液の中に呪力が含まれている」ということは判明したため、バイエル家は随時人から血の供給を受けているのだという。
「大体思い出した」
「うん。まあそういうこと」
ひとまず納得したところで正面に顔を向けると、少女がゼルの血をちょうど飲み干したところだった。疲れた体に熱いお茶を流し込んだ時のように、しみじみと「美味しい・・・・・・」とか呟いている。と思ったら、顔を上げて空になったコップをゼルに両手で差し出した。
「おかわりください」
やっぱりこの子怖い。
「嫌だよ。手首に痕が残ったらどうしてくれる」
そこは私も少し心配に思っていたので、ゼルがちゃんと気にしていたようで安心した。
そうこうしていると料理が運ばれてくる。私は蟹のスパゲティ、ゼルはボロネーゼ、青髪の子はサンドイッチである。少女は自分の目の前の皿をちょっと物珍しそうに眺めている。
店員が離れたのを見届けると、少女はひと心地ついた様子で名乗り直した。
「さて、見苦しい所をお見せ致しました。確かに私はバイエル家の人間です」
口元を布でそっと拭いながら居住まいを正すバイエル家の少女。拭っているのが血でなければ貴族然とした振る舞いに見えなくもなかったのだが。
「話が早い方で助かりましたよ。実は見かけより限界が近かったものでして」
一旦落ち着いた少女は、喋りこそ丁寧なものになった気がするが受ける印象はそう変わらなかった。
ゼルは冷めた目で小さく呟く。
「人の体液を欲しがる奴なんて変態かバイエル家だけだしな」
「間違ってはいませんけどその並べ方やめてくれません!?」
実際、私はただの変態だと思ったので仕方ないと思う。
打てば響く反応を聞き流しつつ、そういえばゼルは相手が一応貴族なのにラフな口調だなぁと気付く。一応大丈夫なのかと耳打ちすると、
「ごめん。本能的に」
と、よくはないが理解は出来てしまうコメントが返ってきた。
うん。私の方は申し訳程度にへりくだることにしよう。
「それで、えっと。バイエル家の方が、どうしてフラフラになりながらこの街に?」
問いかけた私に、少女は一つ咳払いをしてから切り替えしてくる。
「説明したいのは山々なんですが、ちょっと込み入った話でして。私としては貴方達の方が気になるんですが」
ゼルと私は二人揃って苦いものを食べたような顔になった。
あー、と言いながらゼルが棒読みで返答する。
「旅人ですけど」
「旅人、ですか」
少女は露骨に胡散臭そうな表情でこちらを見ていたが、ふう、と息を吐くと力を抜いた。
「恩人をあまり詮索するものでもありませんね。そう、それより! 暫く私についてきてもらえませんか? 報酬は十分なものをお支払いしますので――」
「「結構です」」
「なんで!」
同時に答える私達に対して、うがーと息巻く貴族少女。
口調だけをやや丁寧にしたゼルが、手でフォークを弄びながら核心をつく。
「俺の血がまた飲みたいだけですよね」
「違います! いやそれもそうなんですけど違うんです! 一応名誉なことなのにそこまで嫌がらなくても!」
少女の必死さにつられて、私は要らないことを聞いてしまう。
「・・・・・・そんなに美味しいんですか? この人の血」
「おい」
隣からの視線が痛い。いや、別に飲みたいとかそういうのではないんだけど。
あそこまでの反応だと気にはなってしまう。
「美味しいですよ。今まで人生で飲んだ中では最高級の――いえ、一番美味しいと言っていいでしょう」
ゼルがかなり嫌そうな顔をしているを無視し、少女は説明を続ける。
「バイエル家の人間にとっての血の美味しさというのは、つまるところ血に含まれる呪力の質と量です。他の要素も多少は影響しますが、概ねそれで決まります。貴方の血は、どちらも非の打ち所がありません」
魔王だもんなぁ。
別に魔王だから魔人族最強というわけではないのだが、歴代魔王はゼルも含めみんな戦闘能力が高いと聞く。数代前の魔王が限りなく魔人族最強に近い人だったそうで、そこからゼルの代までは世襲で来ているので呪力の質はさもありなんといったところだ。
「そりゃどうも」
投げやりなゼルの礼を気にした様子もなく、少女は私に顔を向けて笑顔で補足を加えた。
「バイエル家に血の提供を求められるというのは即ち、呪術的才能を認められたということなのです」
なるほど。一連の流れが何故起きてしまったのか、ようやく噛み合った。
この子がなんで血に飢えていた(文字通り)のかはよくわからないままだが。
「あ、そちらの貴方の血も結構美味しそうだとは思ってますよ」
要らない気遣いだった。
・・・・・・しかしとなると、ちょっと厄介なことになるのではないだろうか?
ゼルの方を見れば、ゼルも同じようにこちらを見ていて、表情を見ればどうやら似たようなことを考えているらしかった。
「俺は、見殺しにするのも気分が悪いと思っただけですから」
「ええ、ありがとうございました。ですがすみません」
少女は笑顔のまま、私達の恐れていた展開を切り出した。
「詮索しないと言ったのを撤回します。貴方達、何者ですか?」
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