第34話 「私がコミュ強? いやいや」
「それで、
黙々と苺味のアイスを食べているその人に問い掛ける。簡単に自己紹介をして以来、無言で口に運んでいる割にめちゃくちゃ食べる速度が遅い。冗談みたいな無表情ではあるものの、白い頬にはほんのりと赤みが差している。喜んでいるのだろう。多分。アイスほとんど溶けてるけど。
璃鶴と名乗ったその人は隣の学区の高校生で、歳も同じだった。「多分……?」とか言ってたのは気にかかる。
「返答。人探しをしていました」
このように、彼女は少し……いや、かなり変な話し方をする。「返答」の部分要る? しかも敬語だったりそうじゃなかったりと一貫性もない。さっきそう指摘したら自覚が無いのか首を傾げられた。何でなの?
今朝も思ったけど、感情の読めなさといい作り物みたい。マネキンとか蝋人形とかそっち系の……なんて。湖鷺さんが側にいたなら確実に「失礼過ぎる」とお小言を貰いそうだ。
「私は結論に至った。自ら探す必要はないのではと」
「つまり、見つからなかったんだ?」
「回答を拒否します」
ぷい、とそっぽを向かれる。
一つ気になったのはその探し人との関係性だ。神隠し騒ぎが頭を過る。
「目の前でいなくなったとか、音信不通だとか、そういう?」
「……? 困惑。意味が理解出来ない」
「深刻な理由で探してるわけじゃないんだよね?」
璃鶴はスプーンでぐるぐるとアイスをかき混ぜている。どろっどろですよ。多分もう不味いと思う。私が食べるわけじゃないし良いけど。
彼女は答えあぐねているように見えた。言葉を選ぼうとしているような。
「回答不能。もう随分と会っていません。今の考えを聞きたいだけ。私のその後の行動は、その答え次第」
深刻な理由かどうか答えられないってどういうことだろう? 璃鶴の話し方にも慣れてきてしまってそんなことを考える。喧嘩別れした友達とかそんな感じかな。案外あっさり仲直り出来る時もあるし逆に拗れる場合もあるだろう。当人達の問題であって私が口を出すことじゃない。ふと璃鶴へ視線を戻すと、液体に変貌しているアイスクリームを口に運んでいるところだった。
「……それ、美味しい……?」
絶対美味しくないはずだけどな……。冷たくもないだろうし。
そんなものを食べるとかほぼ罰ゲームみたいなものだ。それなのに璃鶴は「答えましょう。美味」と液体を掬っていた。
「甘い。とても」
「そりゃあね」
どうやらめちゃくちゃアイスが好きらしい。たまにいるよね。一食をアイスで済ませるくらい好きな人。彼女は少しずつ減っていくアイス(の液体)を悲しそう──雰囲気だけは──に眺めていた。
「そんなに落ち込まなくても……別に期間限定の味でもないしいつでも食べられるでしょう?」
たまに変わった味の期間限定商品とかもあるけど、このシリーズの苺……というかストロベリー味は年中存在している。確かに毎日食べるのは難しいだろう。安くないので。それでも生涯の別れになるわけでもないし、何だかこっちが悪いことをしているような気分になるのでやめてほしい。
「……疑問。いつでもとは?」
「へ? ほら、スーパーでもコンビニでも売ってるし」
「売っている。そう……」
璃鶴は少し嬉しそうにして、私の言葉を聞いてまた落ち込んでしまった。お金が無いんだろうか。そう尋ねてみると、「否定。金銭ならここにあります」と急にドヤ顔で財布を出し始めたのでますます分からなくなる。
「店。好きではない。街中は……人が多い」
捨てられた仔猫のようにしゅんとしている様子は、何だか可哀想だ。人見知りなのかな。知らない人からアイス貰って食べておいて……?
こんなことをしている場合じゃないんだけどなぁ……。
♦︎
「そういえば、貴殿に一つ確認しておきたかったのだが」
話が一段落つき、アキハはお茶を啜った。珈琲に手を付けずにいることを見抜かれて淹れ直されたのである。「飲めんなら先に言え」と吐き捨てられたがもっともだ。芙蓉はアキハがいくつか並べ立てた仮説や情報を整理しつつ、難しい顔で考え込んでいた。水を差すのもどうかと思ったが、そろそろ宿主たる少女が目を覚ます頃合いだ。あまり時間が無い。
「オレを打ち倒した奇術があるだろう? あれで六角達も倒せないのか?」
短期決戦は出来なくとも、あの方法ではそもそも“本物”は影には勝てない。恐ろしい術だった……とアキハは改めて思い出しては身震いした。あれを使えば何よりも安全に六角達を排除出来るのではと。そんな風に考えたのだが、意外にも少女は首を横に振る。
「あれはお前程度の雑魚が相手だから出来たことだ。異能力は原則、存在としての位が己より高い相手には通用せん」
「ざ、雑魚……」
「そうだ。お前は雑魚だ。私のようにか弱い娘にも遅れを取るほどの。塵屑に等しい」
「オレが弱いのは認めるが貴殿がか弱いという点は同意しかねる……!」
アキハはいたくショックを受けた。しかし事実なので甘んじて受け入れるしかない。プライドはめちゃくちゃ傷付いたものの、問題はない。ただ致命傷ではあったので心というものが目に見えたならばアキハのそれはズタズタになっていたはずだ。
「ま、まぁつまりは貴殿を以ってしても六角は御せないということだな。朗報ではないが、知っておくに越したことはない」
「そもそも私は戦闘に向かん。異能はともかく、私自身は貧弱だからな。読心の異能持ちでありながら近接戦闘に特化したあのゴリラと一緒にしてくれるな」
……それはもしや昨日の金髪の少女のことだろうか? とアキハは思う。ゴリラ……とまでは言わないものの、鍛え抜かれていたのは確かだった。アキハとしても見習いたいところだ。
あの妙な術(?)には驚いたが、彼女の言うことを信じるならば少女自身に戦闘能力は無いらしい。そこは印象通りで何よりである。
「通常であれば私の異能は人から外れた者は生み出せん。お前がおかしいのだろう」
「うぐっ、し……仕方ないだろう……。封印前からほとんど食事──いや、人を食べていないのだから……」
口にした言葉の悍ましさに自分でも吐き気がする。
アキハ自身が人間を殺めないと決めても、従者はそれを認めなかった。普段は調子の軽い、一の側近までもそれは駄目だと譲らなかった。あとは根比べになるはずだったのだ。……従者が殺した人間の魂までも自分に捧げられていると知るまでは。
「魂を喰わなければオレ達は弱くなっていく。だがそれも寿命が無く、永くを生きるからこそだ。例え六角達が今だけは殺戮の手を止めたとして、人の子やオレのような雑魚にも討てるようになるまでは数え切れないほどの年月がかかる」
──お前達には心が無いのだろう!? ならばオレの言葉に従え! 殺すなと言っているのが何故分からない……!
思えば、封印前の自分は随分荒れていたものだとアキハは過去に思いを馳せる。みっともなく当たり散らしたものだが、アキハが好んで側に置いていた従者は呆れるほど頑なだった。
──いけません、主様。それでは貴女が──……。
「……。ともかく、だ。弱体化までの期間は感覚で分かるが、オレ達には消滅までの期間は分からない。どれほどの間、人を喰らわねば身体が保てなくなるのか……故に、人を殺すしかない。ある種の強迫観念だろうか……」
「ああ、成る程。食事をしている間は死ぬことはない。だが手を止めればその瞬間に死ぬかもしれんとなれば、食い続けるしかない」
「そうだ。オレが奴らを野放しに出来ないというのはそういう意味だ」
先程、アキハは芙蓉と共にニュースなるものを見た。あれは六角の仕業だ。以前の彼女からは考えられないような手を打ってきたものだが、今となってはその理由も察せられる。
それを踏まえて打倒六角の為に色々な話をしたが……どれもが現実的ではない。
居場所に見当は付いている。城へ戻っていることだろう。
限りなく弱体化したアキハでも六大陸へ戻る道を開くのは難しくはない。だが結局のところ、その後どうするのかという話に戻ってきてしまうのだ。
「貴殿の推測通りなら……オレ達はとんだ道化だな」
重く息を吐く。沈んだ声色であろうとも甲高い鈴の音のように響いてしまうのはアキハの身体ではないからだ。……早く返してやらなくては。
「だがそれでも、あの何もない場所に放り出された時……右も左も分からぬ不安に潰されそうだった時。手を述べてくれた者を信じるのは道理だろう。……六角だって、そうだったはずだ」
同情はしない。決めたことだ。
憐れむには──憐れまれるには。自分達は多くの命を奪い過ぎた。
「先程も言ったが、オレは二角と四角を仲間にしたい。四角は難しくとも、二角なら……彼女であればこちらの話に耳を傾けてくれる可能性は高い。オレは彼女を探そう」
「顔を合わせた直後、諍いになる確率は?」
「……ゼロではない。彼女もまた、かつて人を憎んでいた」
無機質な瞳を思い出す。それでもその奥には黒い炎が燻っていた。あの時は対話を避けたが、今は違う。
──思えば、彼らともっと話をしなくてはならなかったのだろう。
アキハとて同じだ。ただ、人を憎めなかった代わりに自分を含めた“六大陸の主”という存在を憎悪しただけ。
アキハには彼らの暴虐が理解出来なかった。でも同様に、彼らも人を憎まないアキハを理解出来なかったのではないか。
「歩み寄らねばならない。そうしなければ──負の連鎖は終わらない」
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