第33話 予期せぬ再会?
扠廼達と別れたさらにその後、湖鷺さんは桜華ちゃんに会いに行こうとしたものの「取り込み中だ」と言って部屋に入れてくれなかった。
湖鷺さんはご立腹だったけど仕方ない気がする。桜華ちゃんに絡む時の湖鷺さん、テンション変だし。
どうするかという話になった時、とりあえず別行動を取る流れになった。
「あたしとしてもその方が動きやすいが……平気か? 神隠し騒動もあるし」
「大丈夫かは分かりませんけど、湖鷺さんの邪魔はしたくないので」
例の騒ぎにチトセが絡んでいるのはほぼ間違いない。でもそうなると私個人としては狙われる可能性は低い。そして無差別に被害に遭うならそれは誰と一瞬にいようと同じことだ。だったら湖鷺さんにはやり易いように動いてもらう方が良い。
「どうせ後で荷物取りに学校に戻らなきゃだし……」
ふい、と顔を背ける。転校初日で暴力沙汰を起こした挙句、二日目には全授業をボイコット。あらゆる意味でもう手遅れだろう。義務教育じゃなければ退学になっている。
いつか普通の学生に戻れるだろうか。だとしても、高校は内申を重視しないところを選ぶしかないけど。
「なんかあったら呼べよ。間に合いそうなら助けてやるし、無理なら墓は建ててやっから」
優しいのか薄情なのか全く分からない言葉を残して湖鷺さんは行ってしまった。
とにかく、情報集めだよね。といっても私にコネは無い。心当たりもない。ナイナイ尽くしの私だけど、一つだけチトセに繋がる手掛かりを手にしている。
「……狸寝入りしてないでしょうね? ネル」
手の中の携帯電話を乱雑に振ってみる。昨日の夜からずっと騒がしかった彼女は不気味なほど沈黙していた。充電はあるはず。だけど、電源ボタンに触れても何の反応もしない。私の携帯、完全に乗っ取られてない?
そして、ネルの沈黙の理由なら見当がついている。
「あの時、シノを止めろって言ったでしょう?」
屋上に大音量で鳴り響いたアラート。彼女はあの時こう言った。『一角様をお止めください』と。
言葉だけ聞けば彼女は天真くんを救おうとしたように思える。だけど。
「あなたは天真くんを助けようとしたわけじゃない。テンリも死ぬかもしれなかったからシノを止めようとした。違う?」
思えば、彼女に天真くんを救う理由なんて一つもない。
裏切られたような気分にならないのは初めから信用していなかったからだろう。そもそも、ネルはずっと言っていた。自分の主人はチトセだと。
「怒ってるわけじゃないの。結果的にあの音のおかげで雲雀さんも反応出来たって言ってたみたいだし。ただ、あなたをこの先どうするのかって話であって」
腹が立っているわけじゃない。本当のことだ。問題は彼女がどういうつもりなのかということ。
裏切る裏切らない以前に、彼女は私の味方じゃない。そんな存在が携帯に居着いている。それは、いつか最悪のタイミングで足元を掬われる可能性があるということだ。
「私の携帯でこれだけ好き放題してるあなたが、チトセの所に帰れないなんて……嘘なんでしょ? 聞かせてくれない? あなたが、どういうつもりなのか」
ぴこん、と弱々しい電子音が鳴る。画面は真っ黒なままだ。もう一度電源ボタンを触ってみても無反応だった。諦めて携帯をポケットに入れ、溜息を吐く。
無理か。
そうだよね。私とネルの間に信頼関係は無いわけだし。
落胆するほどのことでもなかったので気を取り直す。一つ困る点を挙げるならば私の携帯なのに私の意思で全く使えないということだ。せめて携帯電話としての機能は維持してほしいんですけど……。
「一回学校に戻る……のは放課後の時間帯にしようかな……誰にも会いたくないし。後は図書館でも巡ってみる? うーん、でもなぁ」
図書館にチトセ達のことが書いてあるような本があるとは思えないし、多分そんなことをするくらいなら桜華ちゃんの家の方がよほど資料があるはずだ。
同化を遅らせる方法。分離の方法。そして──彼らを止める方法。かつて、彼らは魔術師にとっては封印せざるを得ないほどの存在だった。そして、封印することしか出来なかった。……殺せたのなら、その方が良かったに決まってる。それが出来なかったから今、こうなっている。
チトセのこれまでの行動にヒントはなかった?
不本意なことに、彼女と一番長く過ごしたのが私なのだ。
……まともに会話してないしなぁ。話通じないし、そもそも人の話聞いてないし。
チトセは多分、“会話”が嫌いだ。進んで話さないし口を開いたとしてもほとんどは独り言のようなもの。他人に“聞かせる”ことはあっても返答を前提にしていない。
『…………父親? お前の?』
……?
今、なんか記憶に引っ掛かるものが……。
ええと、いつのことだっけ?
『お父さんとお母さんには余計なことしないでよ! そんな真似したら舌噛んで死んでやるから!!』
……そうだ。まだチトセに取り憑かれたばかりの頃だ。あの頃はチトセも様子見に徹していたのか随分大人しかった。それでも唐突に人を傷付けることには変わりなくて、家にいるのも怖かった。
お母さんは専業主婦だったし普段から家にいたけど、チトセは何故かお母さんの前では絶対に身体を奪わなかったというのをよく覚えている。
あの日、仕事から帰ってきたお父さんを初めて見た日、チトセは珍しく自分から私に問い掛けた。そう、“問い”だ。私の答えを望んだそれ。
『……──だれ、今の』
無視してやろうと思った。だけど何のメリットも無いことは明らかだったから渋々答えたのだ。言っておくけど、何かしたら許さないと。死んでやると、そう言って。勿論そんなつもりはなかった。反撃の手段を持たない私のせめてもの小さな抵抗に過ぎない。
『別に、何もしないわ。……興味無い』
その宣言通り、チトセは本当に何もしなかった。それどころかその日はそのまま引っ込んでしまって三日ほど出てこなかったはずだ。
ただの気紛れだろうと思って気にしてなかったし、最近のうちの両親ときたら
「んー、でも逆に言えばそれだけなんだよね。ああ、もう。こんなことならもっと色々聞き出しておくべきだった……!」
まさにあとの祭りというやつだ。
やっぱり私はこういうの向いてない。というか多分なんにも向いてない。
「あたしだって頭使うの向いてねぇしよ」と言っていた湖鷺さんは代わりに荒事特化だし、情報を出すのはアキハの担当で、情報を整理して仮説を立てたり結論付けるのは桜華ちゃんが得意だというのは昨日の時点でひしひし感じたもの。その点で私はまさにお荷物。最悪過ぎる。
叫び出したい衝動をぐっと堪えて歯を食いしばる。暑さのせいもあって気が変になりそう。
時間が無いのに具体的に出来ることが何も無いのがもどかしい。
「考えてみたら朝から何も食べてないんだっけ……」
もう三時前だ。今朝は色々考えていたせいで何も喉を通らなかったし、その後あんなことがあったしで当然お昼ご飯も食べていない。意識するとお腹が空いてくる──なんてことはなく、暑さやら何やらでますます気が滅入る。
気晴らしにコンビニでアイスを買って、そのままの足で公園のベンチに腰掛けた。
財布を学校に置き去りにしたままだったことに気付いた時はどうなるかと思ったけど。電子マネーの存在を思い出して良かった。あと、普通に使えて良かった。ネルがいなくなるまで一生使えないかと思った。……画面は暗いままだったし私が操作したわけじゃないからネルが何とかしてくれたのだろう。ネルのせいで使えないわけだから感謝するのはナシの方向で。
「神隠し騒動もなぁ……」
いっそもっとあちこち歩き回ってその神隠しとやらに遭遇するかチャレンジしてみる?
いや、駄目だ。消えた人がどうなってるのか分からないし自分の力で解決出来ない私が余計なことに巻き込まれると拗れるかもしれない。記事を見た感じ、今のところ海外を中心に起きているみたいだから街中でそれを目撃する可能性もそう高くないだろう。
溜息と共にレジ袋からカップのアイスクリームを取り出す。ひんやりとした冷たさが心地良い。
お昼ご飯代わりってことでちょっと贅沢なやつ買っちゃった。後のことは食べてからどうするか考えよう。
「うーん、美味し……わっ!?」
何の気なしに顔を上げると、すぐ目の前に女の子が立っていた。思わずアイスを落としかけたのも無理はないと思う。だって、何の気配もしなかったもの。ちょっと頭を下げて、また顔を上げたらもうそこにいた感じだった。
何!? 誰!? と慌てふためく私を無視して、その子──蜂蜜色の長い髪をした女の子──は私の手元をじっと見つめている。
……あれ? この人、何処かで見たような……。
「な、何ですか? 私に何か……?」
そんなにじっと見られたら怖いって。私の問い掛けに対して、髪と同じ色の瞳がきょときょとと瞬きを繰り返す。
「問いたい。それは、何?」
そう言って彼女は私が持っているアイスを指差した。……どういうこと? こんな所でアイス食べるなってこと? それは私の勝手だと思うんですけど。
それとも学校にも行かずに何してるんだみたいな遠回しな嫌味? だとしても私と同じように制服でうろうろしてる人に言われたくは──。
あ、思い出した! この人、朝も出会った人だ。生徒手帳を拾ってくれた女の子! 今朝も急に真後ろに立ってて驚いたんだった。まさかもう一度出会うなんて……出会うというか絡まれてるんだけど……。
「……アイス、ですけど……見れば分かりますよね?」
しまった、意図が分からないからってなんか煽るような物言いになっちゃった。だって意味分かんないんだもん。
幸いにも彼女は気を悪くした様子はなく、ことりと首を傾げただけだった。
それっきり互いに無言になり、変な空気が流れる。質問に答えれば何処かに行ってくれるものと思ったのに、そういうわけでもないらしい。なに、この時間。
せめてもうちょっと離れるか視線を外してくれたら無視出来る自信があるのに。
もしかして、欲しいのかな……。めちゃくちゃ分かりにくい言い回しでカツアゲされてる……? お金じゃなくてアイスのカツアゲって聞いたことないけど……。
「……欲しいなら、要ります? もう一個あるけど……」
本当は二つとも食べたかったけど、それでこの微妙な空気が何とかなるなら別に良いかな……中学生のお財布的にはあんまり優しくない値段だったけども。少し柔らかくなっているカップアイスを差し出すと、女の子はじっと私の手を見る。手というか、アイスの方を。
見知らぬ人に食べ物を貰ってはいけないとはよく言うけれど、見知らぬ人に食べ物をあげるのはどうなんだろう。
「……私に?」
「うん。あなたしかいないので」
彼女は恐る恐るといった感じで受け取ると、やっぱりぼーっとそれを眺めていた。
暑さでぼんやりしているんだろうか。だから頭が働いてないし私を羨ましそうに見ていたのかも。
食べないの? とスプーンを差し出す。彼女はしばらく悩むような素振りをしたのち、私の隣に腰掛けた。
「感謝。ありがとう……ございます」
え、いや……それあげるから何処かへ行ってほしかったんだけど……?
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