第13話 対策会議

「俺と亜砂の付き合いは長い。だから亜砂とテンリが入れ替わってもすぐに分かった。……少なくとも少し前までは」


 今はもう分からないと。

 その言葉にはそんな意味が含まれていた。


 現状維持。それが許されないのは私だってずっと前から分かっていた。

 遅かれ早かれ、終わりは来るのだろうと。

 だけど甘かったのかもしれない。きっと何とかなる。そう思っていなかったと本当に言えるだろうか。


 だけどそんな考えは突き付けられた現実を前にして打ち砕かれる。


は、まだ亜砂だ。だけど明日もそうであると確証はない」


 天真くんが天真くんじゃなくなるかもしれない。いや、その日は確実に訪れる。思っていたよりずっと早く。

 そして、それは日比谷くんにも同じように与えられているタイムリミットだ。


「……時間が無いのかもしれない。どうすれば良いのか分からないが……を考えるべき時なのかもな」





 重い気分は違わなかったが、それでも湖鷺さんの提案で私達は情報交換をすることとなった。いなくなったチトセがどういうつもりなのかもそうだが、シノ達もこのまま放置はしていられない。

 と言っても、私がチトセ達が一体どういうものなのかを話しただけだ。湖鷺さん達についてはとりあえず三人共高校一年生だということを知らされた。失礼な話、ツバメさんはともかく湖鷺さんと雲雀さんはもっと歳上かと思っていたので驚きである。


「悧巧は別にもう好きにやっていけば良いんだぞ」

「うん、だから好きにする。……シノ達を何とか出来ないか私も日比谷くん達と一緒に考える」

「……そうか。それと……」

「え?」

「扠廼で良い。……どうしてだろうな。お前にはそう呼んでほしい」


 そんな会話をして以来、シノがチトセのように暴れ出しては困るので、申し訳ないけど日比谷くん……扠廼にはツバメさんが物置代わりに使っているのだという部屋に一人で篭ってもらっている。ツバメさんは読まない本をそこに溜め込んでいるらしく、彼は本が読み放題だと言って意外にも楽しそうだった。

 さて、現状としてはあまり芳しくない。


「……魔王サマ、ねぇ」


 一通り私の話を聞き終わった湖鷺さんは、背もたれを前にして座っている椅子をガタガタ揺らしていた。

 ツバメさんはこの状況で買い出しに出掛けてしまったし、雲雀さんは話に興味が無いのかソファでぼんやりしてるし(携帯がどうこうとか言っていたけど湖鷺さんに「その話は後だ」と切り捨てられていた)で正直今は空気だけなら気の抜けるような雰囲気が漂っている。


「信じてもらえませんか、やっぱり」


 私は大きく脱力した。そりゃそうだ。私だって出会ったばかりの女が突然魔王だなんだと言い始めたら思考を放棄して病院を勧めること請け合いである。

 しかし項垂れて頭を抱えていると湖鷺さんは眉間に皺を寄せつつも首を横に振った。


「別に信じてねぇとかじゃなくてよ。なんせあたしら能力者だって都市伝説みたいな存在だしな。そうじゃなくて、だからこそ困ってんだよ」

「へ?」

「チトセ……だっけ? そいつ、世界を滅ぼすみたいな事言ってやがったんだろ? それ本気だと思うか?」


 どうだろう、と考えてみる。

 チトセは自信過剰なのだとこれまでは思っていた。だけど最近の振る舞いを思い返すと、彼女は出来もしない事をやろうとはしない。

 つまり少なくとも世界を滅ぼすと言った以上、その気になればそれが実行出来るということだ。


「だよなぁ……だったら放っておくのはちょっとなぁ……日比谷の中にも似たようなのがいるって話だし」


 私の考えを読んだらしい湖鷺さんがぼやく。本人曰く、一対一で会話をする時はつい能力に頼ってしまうとの事だ。つまり変な事を考えると一発でバレるということでもある。

 それにしても出会ったばかりの私や扠廼にここまで親身になってくれるこの人はやはりお人好しらしい。

 とは言え私もチトセを放置しておくのは得策だと思えない。彼女は本当に、人間を心の底から侮蔑している。ただのゴミと変わらない目で人を見ている。

 いっそ復讐心に燃えていたのならもっと分かりやすかったが、チトセは違う。

 何となく気が向いたから殺した。邪魔だから殺した。今日はたまたま機嫌が悪いから殺した。

 その程度の動機で彼女は人の命を奪う。


「捕まえて殺すのですか?」


 物騒な言葉が背後から飛んできて肩を揺らす。どうもあれだけ怖い思いをしたからか雲雀さんには苦手意識が芽生えつつある。


「その辺は保留だ。つーか姉貴聞いてたのかよ。目開けたまま寝てんのかと思ったぜ」

「私がいつ目を開けたまま寝たことがあるんです」


 湖鷺さんの口が悪いため分かりにくいが二人のやり取りを見る限りだと姉妹仲は良さそうだ。湖鷺さん曰く人嫌いだという雲雀さんは敵意剥き出しのオーラを湖鷺さんやツバメさんと話す時だけ和らげる。


「どの道あたしらがこうやって顔突き合わせてるだけじゃどん詰まりか……あいつにでも頭下げるか?」


 まだ椅子をガタガタさせている湖鷺さんが天井を仰ぐ。

 三人寄れば文殊の知恵とはよく言うものの、寄せ集めるだけの知識がなければ仕方ない。無から有は生まれないのである。

 それにしてもあいつって誰だろう。


「こういうのに詳しそうな奴がいるんだよ。どうせ部屋から出てないだろうし今すぐでも会えんだろ。……まぁここに住んでる連中の中でも特大級に癖強いけど」


 湖鷺さんが苦い顔をする意味が分からなくて私は首を傾げたけど、それに過剰に反応したのは雲雀さんだった。彼女は勢いよく立ち上がると湖鷺さんに詰め寄る。


「まさかあの蛇女のことですか!? だったら私、この件から降りますからね!!」

「あん? そもそも頼んでもねぇのに乗り気だったのか? 成長したな。そう、その蛇女だよ。だってよー、あいつ以外となると残る選択肢は“総裁”だぜ? 姉貴が嫌がるの分かってるからわざわざ第二候補先に言ったんだろうが」

「第一候補も第二候補も最底辺なら結局どちらを選んでも同じじゃないですか!!」


 それもそうか、と悪びれる様子無く湖鷺さんは肩を竦める。

 温度差が激しい二人のやり取りを見ながら私はとある点について悩んでいた。


 蛇女……?

 普通なら蛇“のような”女の人を指すのだろうけど、この人達がそういう常識に当てはまらないことを既に思い知っている。もしも蛇そのものが出てくるような事になればどうリアクションを取れば良いのだろう。蛇の頭に人間の体みたいな生き物が現れる可能性も無くはない。

 それに総裁って何だろう。仰々しい響きだけど、だからこそ高校生の彼女達が口にするには違和感がある。雲雀さんの口振りから考えてどちらに転んだとしても、ものすごく訳の分からない人が出てくるかもしれない。

 口に出すのも躊躇われるような変質者だったりしたらどうしよう。多分夢に見る。


「お前、想像力豊かだな。そう心配すんなって。うちの姉貴は他人が嫌いだけどその中でも群を抜いてあの二人が嫌いなだけだから」

「嫌うってことはそれだけの理由があるんじゃあ……?」

「否定はしねぇよ。変に期待持たせてもややこしいしな」


 あれ? これもしかしてその蛇女さんに会う流れ?

 何だかトントン拍子で話が進んでるけど本当にこれで良いのだろうか。

 雲雀さんなんかすっかり機嫌を悪くしてそっぽを向いているし。


「まぁ大丈夫だろ。お前はあいつが結構好きなタイプか、マジで嫌いなタイプかの二択だから」


 湖鷺さんそれまさか朗報のつもりで言いました?

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