第7話 能力者
「この二人……どうして逃げたんだろうね?」
気絶した蒼い髪の少女と黒髪の少年を自身の部屋に運び込んだ夕凪は不思議そうにそんな事を言った。
ちなみにだが、逃げ回る彼らを追い掛け回している内に隣街──つまり夕凪や水蓮寺が本来住む街まで戻っていたらしく二人を担ぎ込むのはそう苦労もしなかった。
いきなり空から降ってきたのは流石に驚いたが水蓮寺の“異能力”でキャッチし、今に至る。
その場で話をつけても良かったのだがまた逃げられては堪ったものではない。第一、頭にすっかり血が上っていた水蓮寺を野放しにするのも危険過ぎた。
よって夕凪の部屋──とあるマンションの一室──に二人を引き摺って来たわけだが、首を捻る水蓮寺と夕凪に応えるように水蓮寺の携帯電話が振動する。
《私と再会出来た感動に打ち震えられていたのでは? 喜びのあまり走り出されたとしか思えません》
それは絶対に違うと思う。
何故か言い様のない自信に溢れたネルの言葉に夕凪どころか水蓮寺もそう思ったが、また騒ぐのは目に見えているので二人とも口を噤む。
あれはどちらかと言うとこちらを脅威と定めている者の行動だった。
無論、事情を説明せずに追いかけ回した水蓮寺達にも非があるのだが……残念な事にそれに思い当たる人間はここにはいない。
そういう訳で、やはり人違いではないかと夕凪は何度もネルに確認したのだが間違いないの一点張り。確かめたところ蒼い少女の方をネルは主人と信じて疑わない様子だった。
よって、三人は気を失ったままの彼らが目覚めるのを待っているのである。
「……一つ、この二人について気になる事が」
舐めるような視線で、少年少女を眺めていた水蓮寺が口を開く。他人に関心が無い彼女がこのように選別するかのような目を誰かに向けるのは珍しい。
水蓮寺の脳裏には路地裏での出来事が浮かんでいた。突如、雰囲気が一変した二人。そして何よりただの中学生だと侮っていた彼らは水蓮寺の力を弾いたのだ。
余談だが、水蓮寺や夕凪の中で人が生身で空を飛んだ件に関しては「まぁそういう事もあるだろ」ということで消化されている。彼女らにとってはそれが常識なのだ。
「能力者、かなぁ?」
「いえ、違う……ような気がします。確信は持てませんが、この二人はもっと別のものではないかと」
躊躇いがちに呟いた夕凪を、水蓮寺が曖昧ながらも即座に否定する。
能力者。それは人の身に人智を超えた力を宿す者を指す。
天候を操作し、炎を生み出し、触れただけで人の意識を奪う──そんな冗談のような現象を生身一つで起こせる者のことだ。
一般に能力者は一つの分野に特化した異能を一つだけ宿し、複数の異能は出現しないとされている。
例えば、掌から電撃を放てる能力者は裏を返せばそれ以外のことは出来ない。炎を操る能力者は炎以外は生み出せず、体を霧に変えられる能力者は霧になるしか能が無いのだ。
水蓮寺 雲雀もその一人である。……ただし彼女の場合は無生物を操作したかと思えば雷雲も呼べる、能力者としての例外。
故に一体どういった種類の異能であるのか本人すら分かっていないのだが。
「ひばり、そういうの分かるの?」
「……専門ではないので、断言は出来ません。ただ、大抵の能力者には独特の気配があるので……」
ここまで至近距離であれば分かります、と。そう告げる幼馴染を夕凪は感心したように見る。
水蓮寺は表情に出ない為分かりにくいが、彼女なりにこの状況には何か感じるものがあるのだろう。警戒、という表現が正しいのかもしれないが。
「私よりは詳しいはずなので……“あの子”を呼んだのですが、」
「え?」
あの子って?
そう夕凪が尋ねる前に、ガチャン! と乱暴な音が背後から響く。玄関の方からだ。
反射的に夕凪が振り返るとそこには水蓮寺と瓜二つの少女の姿がある。
豪奢な長い金髪に、黄金の瞳。目付きは水蓮寺と比べるとやや苛烈だが、鏡写しだと言っても相違無い。唯一の決定的な差と言えば、金の髪が水蓮寺とは違い低い位置で二つに結われている点くらいだろうか。
彼女はハン、と鼻を鳴らすとずかずかとリビングにいる夕凪達の方へ近寄ってくる。
「珍しいじゃねぇの、姉貴が自分から厄介事拾ってくるなんてよ。それで? わざわざあたし呼んでまで見せたい奴らってのは?」
「別に好きで拾ったんじゃありません。……湖鷺なら、何か分かるかと思って」
湖鷺、と呼ばれた少女は胡散臭そうに水蓮寺を──自身の双子の姉を見る。
水蓮寺と比べると随分と言動が粗暴な彼女は
「……あたしらとそう変わんねぇガキじゃねぇか。あれか? これがネルが言う例の“御主人様”か?」
「うん、女の子の方がそうらしいよ」
独り言に過ぎなかった湖鷺の言葉に夕凪が答える。
ちなみにそのネルは相変わらず騒がしいので水蓮寺の手で携帯電話の電源を落とされていた。
さて、ここで触れるべきは水蓮寺が彼女を呼び付けた理由だがそれには二つほどある。
一つは、前述したように水蓮寺にとっては彼女が頼るべきに足る人間だから。
そしてもう一つは、水蓮寺 湖鷺が能力者だからだ。
「何か分かりますか?」
「ちょっと待ってろ。今見る」
彼女に宿るのは他人の脳、及び精神に直接干渉する異能力だ。随分と大仰に聞こえるが、簡単に言えば相手の心を読む力である。
彼女も能力者としてはかなり特異な部類に入り、応用次第では様々な扱い方が出来るのだが……一方で水蓮寺 湖鷺という少女は、人の大事な部分を容赦無く暴いてしまう自身の能力を良く思っていない節がある。力に依存しがちな能力者からすれば彼女のような者は異端であり稀有な存在だ。
「……こいつら、」
気絶したままの少女達をしげしげと眺めていた湖鷺は、突然顔を顰める。まるで得体の知れない化け物を見たかのように、美しい顔は不審感で歪んでいた。
「何だ? こいつら……気色悪い」
本気で嫌そうな顔でそう言う湖鷺に夕凪が首を捻る。
意味が掴めなかったからだ。
「一つの器に……二人? 精神が複数存在するなんてあり得んのか?」
「湖鷺、可能なら自己完結せずに説明を」
「いや、なんかよく分かんねぇんだわ。とりあえずこいつらどっちも一つの体に……魂? 精神? が二つ入ってんだよ」
“ブレ”があって気持ち悪い。そう語る湖鷺に夕凪はぽん、と手を叩く。
「二重人格みたいな?」
そんな単純な話なのだろうか、と。
屈託の無い夕凪の笑顔を見て湖鷺はますます難しい顔付きになる。
ただの多重人格者ならここまでの違和感は持たなかったはずだ。
少なくとも、彼女らの半分。その半分は、何か尋常ではない悍ましさの片鱗が垣間見えるのだ。
「……」
湖鷺は自分の危機察知能力には自信がある。
何処か抜けている姉やそもそも危険などとは程遠い日常を送る夕凪とは違い、大抵の脅威には勘が働くのが水蓮寺 湖鷺という娘だ。
だから、彼女は表情を崩したままだった。
この二人は恐らく──“また”何かの爆弾として機能する。
本音を言えば今すぐにでも叩き出せと言いたいところなのだが、正体が分からないからこそ彼らを放り捨てるのは躊躇われた。
見て見ぬ振りが通用するような甘い世界に生きていない事はこれまでで痛感している。「自分達は知りません」が通るほど、世の中は甘くないのだ。後手に回れば相応に痛い目に遭う。
世の中には単体で世界を終わらせるほどの火力を持つ能力者も存在する。この二人が能力者でないにせよ、それに近しい何かであったなら──もしも、そのような危険思想の持ち主だったとしたら。
「ああ……これは、あたしらだけじゃどうにもならねぇかもな……」
天井を仰いで少女は呻く。
ちなみに厄介事を持ち込んだ当の姉とその幼馴染は、こういう時には何の役にも立たないのが常である。
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