第37話 逆転・上

 下方から轟音――リアが上空から地表へと叩きつけられた音が届く。

 しかし、コルドはそれを把握できない。周囲の木々は根まで開拓され尽しており、加護が使えないためだ。


「くそッ!」


 無数に想定できる最悪を頭から振り払い、矢を放つ。

 特異点の耐久性は、相変わらず異常の一言に尽きる。何せ、体の半分を消し飛ばしても生存を保っている。そのため、一級冒険者たちは即座に戦い方を変えた。


「ッは!」


 コルドが岩肌を駆け、空を舞う鷹に蹴りを見舞う。鋭い脚は大鎌のように体躯を捉え、直下へと打ち落とす。

 すかさず放たれた矢が、墜落した鷹を地面に釘打ちした。広がった翼を串刺しにする矢が暴れる体を固定する。簡易的とはいえ、昆虫標本のように動きを封殺したのだ。


「拘束! これで全部だ!」

「おっけ!」


 各個撃破の余裕はない。だが、無力化ならば可能だ。メリアが距離を取りながらリージアを牽制けんせいし、その間にコルドが特異点を拘束。

 落とし子であるリージアの加護がいかなる代物かわからない以上、ディナクを守りながら戦うにはこれが最も確実な方法だった。


「これで二対一ッ!」


 風を切る鞭がリージアへ迫る。が、彼女は慌てる様子もなく掌に赤い光弾を浮かべる。鞭がそれに触れた瞬間、爆発が起こってあらぬ方向へ弾かれた。


「何度も防がれているのに、芸がないのね」

「防戦一方のクセして偉そうに言うなし!」


 メリアだけは決定打を打てない。何度攻撃しても爆発がはじく。更に、リージアはその爆発を目の前で爆風を受けているにも関わらず無傷のまま。

 少女は行動を封じられた特異点たちを見渡し、余裕綽々と目を細める。


「驚いたわ。もう少し楽に片付くと思っていたのだけれど」

「これでも一級のはしくれなんでね」


 コルドが爆破のやじりをセットし、発射。リージアはそれを軽くかわすが、間髪入れずに迫るメリアの鞭には光弾をぶつける。


「くらいな」


 この対応を予測し、コルドは鞭を防いだ次の瞬間――回避行動が取れないタイミングを狙って矢をった。

 この攻撃も防御される。だが、それでいい。起動さえすればそれで事足りる。

 鏃が撃ち落とされた瞬間、閃光を放った。


「ッ!?」

「爺さんの店で買っといてよかったぜ。備えあればうれいなしッ!」


 続けてコルドは四発、続けて連射した。それは全て黄色の紋様が刻まれた鏃であり、リージアを囲うように四角に配置された瞬間、それぞれの対角線を繋ぐように稲妻が走る。


「雷の檻だ」

「やるじゃん! やっと一矢報いて――――っ!」


 メリアが危険を察知した瞬間、無数の光弾が飛来する。横薙ぎに鞭を払っていくつかを起爆させるも、それだけで対処できる量ではない。


「やばっ……!」


 さばき切れないと判断し、メリアは後ろで気絶しているディナクの襟元を掴んで爆発から遠ざけるように投げ飛ばす。それは仲間の安全の代償として自身の防御を捨てる選択だった。


「伏せろメリアッ!」


 咄嗟にメリアの前に滑り込んだコルドが外套を広げ、盾になる。無数の爆発が、無情に二人を襲った。


「……そっちこそ、私を過小評価しているわ。雷なんかが効くわけないじゃない」


 対して、リージアはまったくの無傷。雷を浴びながらも反撃に転じたのだ。

 メリアは多少の傷があれど健在であり、ディナクは投げられた事が幸いして爆発の影響は受けていない。

 しかし、矢面やおもてのコルドは違った。魔力を引き寄せる外套によって軽減したとはいえ、その痩身そうしんが負った痛みは計り知れない。なんとか立ってこらえたものの、もはや立つ事すら苦痛に感じるほどの消耗だった。


「コルドッ!」

「平気、だ……満身創痍でも矢は撃てる……!」

「へぇ……仲間を庇うなんて、意外と熱血なのね」

「冷静、だ……俺よりメリアが強いからな……」


 寄せられた信頼を肯定するように、メリアが鞭を振るう。空気を裂く破音が鋭さを増していた。


「お仲間がやられてようやく本気になった?」

「うっさいッ!」


 再開された戦いの最中、メリアはコルドへ瓶を投げ渡す。シオンのポーションだ。


「飲んで休憩してるしッ!」


 有無を言わさぬ声に従い、コルドは座り込む。熱でヒリつく口からポーションを飲みくだしながらも思考は決して止めない。


(一体、あの加護はなんだ……まず、光の弾による爆発。あれが何で生成されてるかは知らねぇが、限りはあるはずだ。それに雷――まさか攻撃を無効化とか…………いや、それなら俺たちの攻撃を迎撃する意味がない)


 仮にリージアの加護が『攻撃の無効化』だとするのなら、防御などせずに接近して、ディナクと同じようにこちらを無力化すればいい。

 それをしない理由に、コルドは加護を見抜くヒントがあると考えた。


(そもそも、どうやってあいつはディナクを魔力欠乏症に追い込んだ? ……まさか、首に触れるだけで魔力を奪ったとでも――――)


 思い付きの言葉に、コルドは引っかかりを覚える。


「奪う? いや、そうか……むしろそれしかねぇか……!」


 膝を立てると、ズキズキと全身が痛んだ。だが、体の芯を暖める薬草と蜂蜜の味が奮い立つ気力を湧きあがらせる。地をしっかと踏み、もう一度、敵に立ち向かう気力を。


「少なくとも俺たちにとっちゃ、特効薬だぜ。シオン……!」


 これを作った少年は、自分たちの無事を心から願っている。

 斬った張ったが仕事である冒険者俺たちを引き止められないと知った子供が、せめて役に立とうとして作り始めた『癒し手』であり『お守り』がこのポーションだ。その想いが何よりも力をくれた。

 そして少年シオンはいま、戦っている。目の前の落とし子と同等以上の敵に、仲間と共に立ち向かっている。

 コルドは己の頬を強く叩いた。


「だったら、倒れてる時間はねぇだろ……俺らは全員、五体満足で帰るんだからよ……ッ!」


 コルドは雷撃の鏃を取り出すと、装填せずに投擲とうてきする。そして、雷の射程範囲にリージアが入ったと同時にボルトを射出し、鏃を撃ち鳴らした。

 火花を散らすようにスパークが広がってリージアを襲うが、彼女はそれを避けたり、痛がったりする素振もない。


「やっぱりか……!」

「コルド、休んでって――――」


 コルドは手短に、結論を言う。


「落とし子、お前の加護は『魔力の吸収』だろ」

「はぁ?」

「っ……」


 唐突すぎてメリアが困惑する中、リージアが驚きを表情に出したのを見逃さない。コルドは続ける。


「触れる事で魔力を奪う。だとしたらディナクの行動不能はもちろん、雷撃の鏃が効かなかった事も説明が付く。矢だけを防げりゃよかったんだ。何せ、雷だろうが爆発だろうが、受けるって事は触れてるんだからな」


 あくまでも効かないのは、雷――鏃に刻まれた、魔法による攻撃。


「さらに言うなら、人から吸収するには素肌に触れる必要がある。ディナクは首に触られて奪われたし、クロバも同じだと聞いた。首からって事は、服一枚でも隔たりがあれば奪えないんだろ。布越しで奪えるなら、俺の蹴りを避ける必要がねぇからな」

「そっか……たしかに奪えるなら、あの弾を盾に近づけばいいだけだし」

「最初にディナクを潰したのは魔法が効かないと悟らせないため。同じ方法で攻撃してこないのは単純に近寄れないから、だろ」


 最初にディナクへ接近できたのは、ヴァントの瞬間移動との合わせ技だ。リージア単体にそれほどの機動力はない。

 この推測はほぼ正解だった。しかし、リージアは見破られて取り乱す事もなく、拍手でもしそうなほど楽しげに微笑んだ。


「看破されるとは思ってもみなかったわ。さすが一級冒険者……いえ、あなただからこそ見破ったのかしら、狩人さん?」

「自分が弱いぶん、相手の弱点には敏感でな」

「その自虐癖をどうにかするし……でも、たしかに勝機見えたし!」


 メリアの強気な言葉を聞き、リージアは檻の中で吠える犬を見るように冷めた視線を送る。


「加護がわかった程度で勝機なんて、ずいぶん楽観的ね。私の目的はあなたたちの撃破じゃなくて時間稼ぎ……いま、こうして会話している間も目的は果たされてるのよ」

「そいつは奇遇だな……」


 敵の目的がシオンたちであるとして、この二人が互いを捨て駒として扱っているようには思えない。必ず、目的達成の合図があるはずだ。それがないという事は、シオンたちがまだ無事である証拠。

 焦らず、不敵に。そう心掛けながらコルドは続ける。


「お前からすりゃ奇妙だろうな。シオンたちを助けに行きたいのは俺らの方……いますぐ敵を蹴散らして救援に向かうべき。なら、何故俺がこうして回りくどく、うだうだと話し続けてるのか。答えは同じ。待ってんのさ」

「待つ? 救援なんて来るわけが――」


 リージアが呆れ混じりに言う通り、救援は呼ぶ方法がない。冒険者が通りかかる偶然も期待できない。

――だから、待っていた。背後で聞こえた、のんきなあくびを。


「くぁ……んあ、どこだここ?」

「…………!?」


 それは、落とし子が初めて見せた驚愕の表情。原因であるディナクは伸びをして、小気味よく肩を鳴らす。


「遅ぇぞ。魔導師ディナク

「ねぼすけ!」

「おう、そうか! おはよーだな!」


 跳ねるように立ち上がった魔導士は、全身に魔力を満たしていた。

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烈火の龍玉 鴉橋フミ @karasuteng125

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