第33話 進むために

「ひとつ、聞いてもいいでショウカ……」


 プルプルと子犬――否、子猫のように怯えながら手を挙げたのは、耳も尻尾もペタンと伏せられているユラ。彼女は自身の置かれている状況が何一つ理解できなかったのだ。

 昨日の医務室昼寝事件をコルドに報告チクられ、罰として雑用に追われていた本日。昼過ぎにようやく休憩だと腰を落ち着けた瞬間、コルドは怪我人を医務室に持ってくるし、同時に来た自衛団の方々に『御同行願えますか』と言われ――


「なんで私が『神さまの家』にいるんですか……!?」


 現在、ユラは応接間のソファで神さまと向き合い、ガチガチに緊張してそう尋ねていた。

 何度飲んでも水位が減らない紅茶カップを片手に、神さまことカシスはニッコリと笑う。


「あと三秒でわかるよ☆」

「失礼しま――ってユラじゃねぇか」


 ドアを開けたコルドが驚きの表情を見せ、すぐ「面倒くせぇ……」と呟いた。続いてディナクが入室し、次のメリアがあっ、と声を上げる。


「ギルドのアホネコ!」

「アホは言わないお約束でしょ!?」

「別にいいじゃんアホ」

「まぁぁた言ったぁぁ!」

「言い争いなら後にしろっての……」


 ため息ひとつ、コルドはカシスに目線で早く本題を、と促した。


「うんうんそうだね。ところでディナクくん、魔法の名前はなんだろなゲームする?」

「やる!」

「か・み・さ・ま」

「コルドくんが修羅っちゃう前に本題行こうか☆」


 あくまでも軽妙な調子を崩さないカシスが、パチンと指を鳴らす。すると、ティーカップが煙と共に消え去り、手に細い試験管が握られた。中には蒼い液体が揺れている。

 皆が首を傾げるが、コルドだけは目を見開いた。


「そいつは……!」

「説明すると、コレはちょっと前の特異点騒ぎの際に重要なファクターとなった代物でネ。リアちゃんが倒した特異点の戦利品ドロップを拝借して、正体に確信が持てた。それの報告という事で、一級冒険者諸君とギルド支部長代理でユラちゃんにお越しいただいたワケ☆」

「なんで荷が重い仕事ばっかり!」

「代理だもの☆ ナカトくん曰く、頭痛の種だけどなまじ優秀だからイラつくってさ☆」

「たぶん褒められてないっ!」

「ぷふー、やっぱアホだし」

「まぁぁぁたぁぁぁ!」


 上司からの評価を嘆くユラが、彼女を小馬鹿にして笑うメリアと喧嘩を始める。犬人族シアンスロープ猫人族キャットピープルには種族的な険悪さもあるが、それ以上に彼女たち自身のりが合わないのだろう。

 コルドは顔を合わせれば勃発する小競り合いに辟易へきえきし、神さまに『早くしてくれ』と半分閉じた目で訴えた。


「コルドくんが眠たそうだし、早速始めよっか。さて、コレはボクが特異点である狼の毛皮から抽出したモノなんだケド……何かわかるかな、ディナクくん?」

「んー…………」


 鮮やかな青を秘める双眸が、星の光のように蒼い液体をじっと見つめる。コルド頬杖をつきながら、どーせわからんって言い切るんだろ、と三文芝居を見るような気持ちでいた。ディナクが目を輝かせる。


「わかった! コレ、神血イコルか!」

「たぶん正解☆」

「「「はッ!?」」」


 予想を裏切られた以上に唖然とするセリフが飛び出し、コルドはソファに預けていた身を弾かせる。ユラとメリアもつねり合っていた各々の尻尾と耳を総毛立たせた。


「イコル!? 神さまの血液――万能の魔力がなんでモンスターを特異点に!?」

「うーん、水が合わないんじゃないかナ☆」

「テキトーだけどなんか理に適ってる気もするし……」

「本当なんだろうな!?」


 コルドがディナクに詰め寄る。彼の目は信用しているが、それでもにわかには信じられない。

 イコル――神の血液。一滴に満たない量で加護を与え、人類の可能性を無限に広げる万能の存在。それが特異点の出現に使われるなど、悪い冗談だと思い込んでしまいたかった。


「俺もリアから聞いた話で考えなかったわけじゃねぇ。だが、イコルは神さまの体にあるモノだ。悪党風情がそもそも入手できるワケがねぇ代物しろものだぞ!?」

「おう。混ぜモンされてるけど、この流れ方は間違いねぇぞ」

「やーっぱりネ☆」


 神は掌を重ね合わせ、自分の推測が合っていたと笑顔を見せる。


「いやー、ボクが勘違いするよう作られてる可能性も否めなかったからネ。キミに頼みたかったのさ」

「そっかー。で、コイツ使いたいから持ってっていいか?」

「ダメー」

「えー」


 不服そうなディナクからイコルを受け取ったカシスは、悩ましげに試験管を唇に添えた。


「コノハちゃんが襲撃されたのも、イコルを使った者たちの仕業かもしれない。シオンくん、リアちゃんは特異点を撃破した重要人物だ。彼女の写真が奪われたなら、彼らの情報を狙ってというのもあり得る」

「あぁ。今後は三人の護衛も視野に――」

「待って、コノハちゃんが何って!?」

「襲われたんだよ。ほんのついさっきな……」


 そんな、とユラが青ざめる。好きな小説が合致して喜び合ったあの笑顔が脳裏のうりを強く叩く。記憶の中でほんのり紅潮していた少女の頬が、血に染まってひび割れるイメージが走った。


「だっ、大丈夫なんですよね!? そうだよねコルド!?」

「落ち着けっての。コノハは無傷だ……が、心の方がな……」

「それなら、シオンとリアが一緒にいるから安心していいし。部屋の前にはあたしの代役でナギを置いてきたし、何よりまた襲撃に来る意味がない。たぶん安泰だし」

「うんうん☆ 実際にその通りだよ☆」


 それにネ、とカシスはメリアの判断に太鼓判を押すように、どこからともなく白い筒――直筆の書状を取り出した。


「実はあの三人にも、落ち着いたら来てネって送っておいたんだ。実際にそろそろ来るよ☆」

「ここに、ですか?」


 コルドが怪訝そうに問いかける。

 たしかにコノハは犯人の目撃者であるが、同時に被害者だ。身体に傷がなくとも、心の傷は計り知れない。彼女の今後の処遇や事情聴取があるにしろ、まだ時間を置くべきではないのだろうか。


「モチロン、細かい話は後回し。ボクが呼び出したのは彼らの気晴らしのため。それに、もっと正確に言うなら来るよう言ったのはこの部屋じゃなくて自衛団の修練場に、だよ」

「修練場? なんでだし?」

「そうした方が面白そうだから☆」


 三人が疑問に思って首を傾げ、ディナクは鳥のひなのようにならう。カシスもおどけたように真似をして、笑顔。


「行けばわかるよ☆」





 『神さまの家』のすぐ隣に建立する自衛団本部。その敷地の半分は、団員たちの訓練に使う施設が占める。特に広大なのは野外グラウンドであり、団員同士の組手がいたるところで絶え間なく行われている様はある種の威容を誇っていた。

 ノーラインから目的地である自衛団修練場まで護衛してくれたナギにお礼を言って別れ、店に届いていた神さまの書状を団員に渡すと通されたのが、そのグラウンドだった。


「か、神さまに呼ばれて来たのですがー……」

「こ、これはなんというか……」

「スッゲー!!」


 シオンは呼びかけるも、団員たちの大声量で萎縮いしゅくしており、コノハは圧倒され、リアは闘争心に火がついたのか拳を振り上げている。

 書状の内容というのは『修練場で待っててネ☆』の一文のみであり、今は案内してくれた団員が応対のために団長ジーナを探しに行き、待ちぼうけの状態だ。


「やっぱり、大人しく待ちましょうか……」

「おろ? シオンさんにリアさんに鳥人族ハーピーの嬢ちゃん!」


 快活な声に振り向くと、手を振りながら駆け寄ってくるアレスの姿があった。汗だくで土まみれな事から、さっきまであの組手の中で揉まれていたのだろう。


「アレスさん。鍛錬ですか?」

「っす! 俺一人じゃ森で討伐も探索もできねぇっすから、こっちに混ぜてもらってます! そちらはどうかしたんすか?」

「神さまに呼ばれて……とりあえず、ジーナさんを待っています」

「団長さんなら、グラウンドで親分とやりあってるっす! 呼んでくるっすね!」


 と、走って行ったのも束の間。


「へっぶぁッ!?」


 高速で飛来したがアレスとシオンたちの間を通り過ぎ、煉瓦の壁に減り込んだ。壁を大きく凹ませるクレーターの中心で気絶しているのは、金髪の青年。


「が……ふ」

「金髪のヤツ!?」

「ロ、ローベルぅーっ!?」

「大丈夫ですか!?」

「気にすんな。そんな程度で大怪我するほど、ヤワじゃなくなってるからよ」


 シオンに応じたのは、リアとアレスによって救出されたローベルではなく、低く渋みのある声だった。「よっこら」と演習用に刃を潰した斧を担ぎ直した大男が、筋肉で隆々とした首と肩を鳴らす。


「よォ。何の用だガキ共」

「ハ――じゃなくて大男の怖い人ぉっ!?」

「ブッ殺されてぇか鳥の嬢ちゃんよ」

「ひぃぃぃぃぃ」


 慌ててシオンを盾にするコノハ。彼女はアレスがルドマンの事を親分と呼んでいる事を知らなかったのだ。


「る、ルドマンさんもどうしてこちらに?」

「怪我の具合が良くなるまでの肩慣らしだ。お前さんを怒らせると怖ぇからな。で、どいとけ坊主。そこの嬢ちゃんは俺の禁句を前と合わせて二回言った……」

「や、やきとりにされちゃいましゅ……」

「まぁまぁ……」


 毛が一本もない頭に青筋を浮かべるルドマンを宥めるシオンに、更なる声がかかる。


「おお、シオンにリア。健勝か?」

「ケンショー? 剣なら強いぞ!」

「元気ですか、っていう意味だよ」

「ん! 元気だぞっ!」


 それは重畳、とジーナは汗ひとつ無い顔で微笑む。ブーツや携える木刀にこそ多少の土汚れがあるものの、彼女は鍛錬を為した後というのが信じられないほどの余裕を保っていた。

 しかし、コノハを見つけると表情が曇る。ジーナは木刀を置き、地に膝をついてコノハに頭を下げた。


「……一ツ橋コノハ殿。我らが守るレノワールで発生した事件、そして未だ犯人の特定、確保至らぬに我らの無力を、謝罪する。申し訳ない」

「い、いやそんなっ……クロさ――いえ、クロバは無事ですし、私も無傷で……で、ですから、その、力を尽くしてくださったというだけで充分です……から…………あはは」


 暗さの残る顔に、空笑い。明らかに無理をしているとわかる。もっとも、彼女が抱えているのは自衛団への落胆ではなく、多くの人に迷惑をかけてしまったという罪悪感だ。

 声色からそれを察知したリアがぎゅっと拳を握り、


「……ジーナッ!」


 突如ジーナに向かって飛びかかり、カウンターの掌底打ちを胸部に受けて吹き飛ばされた。


「リア!?」

「え!? えぇ!?」


 シオンとコノハだけでなく、ルドマンたちや偶然通りかかった団員たちすらも一瞬の攻防を唖然として見ていた。

 激突し、ガラガラと崩れた煉瓦が降り注ぐ壁に向かってジーナが言葉を投げかける。


「戦闘に言葉は要らず。お前の心意気は請け負った……だが、私の思い違いかもしれない。一応は言葉でも頼めるか、リア?」

「んッ!」


 積み上がった煉瓦片を吹き飛ばして起き上がったリアが、堂々と言い放つ。


「オレと戦ってくれ!」

「ふむ、やぶさかではないが私も多忙の身だ。体がうずくのならば私以外の者と、八つ当たりがしたいのならそこらの木人を使え」

「違う! ジーナが一番つえーんだろ。だからオレはジーナと戦う!」


 龍の鱗に包まれた拳を、リアは宣戦布告とばかりに突き出す。


「クロは絶対にオレより強かった。そいつがやられるぐらい強い悪者がいる……だからオレがそいつをブッ倒す!」

「お前が戦う理由なぞ無かろうに。何故だ?」

「コノハに悲しそうな顔させねーためにッ!!」


 威勢のいい声が響いた瞬間、ジーナがふっと頬を緩める。だが、その目は好戦的に鋭さを増した。


「気に入った。来い、リアッ!」

「ッしゃァ!!」


 両者の瞳が熱く燃える。

 龍の少女と白銀の騎士。強き女同士の戦いの火蓋が、切って落とされ――――


「ちょぉっと待つしッ!」


――る直前で横槍が入った。

 昂然こうぜんとして待ったをかけたのは、恐れ知らずの犬人族である。


「メリア!」

「なんだ。水を差すな」

「満杯までぶっ注いでやるし。いい? リアと稽古けいこの約束をしたのはアタシが先なの」

「そうなのか?」


 ジーナが尋ねると、リアは「んー?」と首をひねる。が、メリアがまくし立てて押し切った。


「そ・う・な・の! 声に出してなかっただけだし」


 それは約束と言わんだろうに……と呆れ顔のジーナが一旦、木刀を収める。


「それに、お前の得物は鞭だろう? 短刀のリアに指南するならば、同じ系統の武器を扱える私の方が向いていると思うが」

「フン。甘く見んなし」


 と、メリアがベルトからナイフを抜き取って真上に投げた。縦に回転するそれを淀みなく空中でキャッチし、そのまま鋭く右、左と風を切り裂く。その様にはかなりの慣れが見て取れた。


「アタシ、これでも人都に居た頃は短刀使いでブイブイ言わせてたんだから!」

「……おお、そうか。あの人の影響か」

「そうだけど口に出すなし! とにかく、まずはアタシが短刀の基本動作とか教えるから、そっからアンタとの組手でも文句はないっしょ?」

「勿論だとも。元より、今日は一日中ここで鍛錬にいそしむ予定だったからな」

「アンタ、まだ素振り千回とかが楽しいって言ってんの?」

「書類仕事の万倍楽しい」

「脳筋の血筋はこれだから……」

「メリアも教えてくれんのか! っしゃー!」


 どうやら、戦うというのは修行や稽古の一環であるらしい。

 未だ目の前の事態を飲み込めていないコノハのすぐ横で、地に伏せるローベルが空へ手を伸ばす。


「た、たすかった……今日、もう……おわり……」

「ロォーベルゥー! 死ぬなっすー!!」

「ポーションでも飲ませて転がしとけばその内生き返る。坊主、頼んだ」

「は、はい」


 神さまに呼び出された理由は未だわからず、突如リアの修行が始まり、真横では団員らしき男性が白眼をむいて昏倒。色々な物事が渋滞し始めた中、コノハは走る足音を耳にして、今度は何事かと後ろを振り向く。


「コノハちゃぁぁぁぁ!!」

「ユラさへぶっ!?」

「よがったぁぁぁ無事だぁぁぁ」


 半泣きのユラがコノハを抱きしめて、頭を激しめに撫で始めた。


「悪ぃコノハ。こうなったら話聞かねぇんだコイツ」

「心配するに決まってんじゃんかぁぁぁあっ、シオンくんとリアちゃんは無事!? 無事だ! よかった!!」

「激しいなホントに……」

「よっ、シオン」


 苦笑するコルドの横から、ディナクが顔を出す。シオンと視線が絡まった瞬間、彼は弟子の気持ちを察知したように寛容な笑顔を見せた。

 シオンはローベルへの処置を終わらせると、おずおずとディナクの前へ。


「あ、あのっ、ディナクさん!」

「んー、いいぜ」

「え、あの……まだ言ってませんけど……」

「言われなくてもわかる。何年お前の師匠やってると思ってんだ?」


 ディナクは景気付けとばかりに指をパチンッと鳴らし、特大の火球を天空へ打ち上げてみせた。


「魔法修行、やるぞ!」

「はいっ!」


 ぐっと意気込むシオンの姿が意外で、コノハはリアの分と合わせて、仰け反るほど大仰に驚く。


「えええ?!シオンさんまで!?」

「意外と熱血なんだよネ、シオンくん☆」


 空中に座り、コノハと目線を合わせる位置に浮いているカシスがニコニコと笑う。誰この人、という顔のコノハへ、カシスは目元にピースサインを添えて自己紹介。


「初めましてコノハちゃん。神さまです☆」

「あ、これはどうも初めましてってえええええ!?」

「そのぐらいで勘弁してやってください。気が休まるどころか驚きっぱなしで疲弊させてるでしょうよ……」

「ゴメーンネ☆」

「ったく……コノハ、悪いが事情聴取だ。自衛団こっちの応接室を借りて、俺が調書を取る。余人がいるよりは一対一がマシと思ったが、それでいいか?」


 反省していないという事だけがわかる顔で謝るカシスに代わり、コルドが用件を伝える。


「あ……は、はい。ありがとうございます……」


 コノハは何の異存もなく従うが、黒翼は不安を表すように縮こまり、その目は早速実践に移っているリアとシオンを名残惜しそうに見つめていた。


「……つっても、急ぐ話じゃねぇ。そうだな……あいつらがひと段落つけて、休憩し終わるぐらいの時間はあるな」

「! はいっ」


 わかりやすいほど反応し、コノハは少し離れた場所で様子を見ていよう――としたが、ユラに気づかれてリアたちの輪の中に引き込まれる。

 コルドは小さくユラに感謝しつつ、ため息を吐いた。


「優しいネ」

「そうでもありませんよ。実際、今日はコノハが取ってる宿じゃなくて『神さまの家』の一室に泊まらせて護衛しますし。…………ですが、俺らがどう動くかお見通しであっても、保護者が死にかけた子供に取る手段としてはいささか強引じゃないですかね」

「そうでもないよ? 独りで考える時間も大切だけど、誰かに縋ったり、細かい事を忘れるぐらいの衝撃を受けたりするのもひとつの手さ」


 それも正解だ、とコルドは思う。落ち込んでいる心を自分だけでリセットできればいいが、その方法を知らなければ自己嫌悪と降って湧いた罪悪感に押し殺される。

 そうなってしまった少年の姿を、この数年に渡って見続けたばかりだ。


「シオンくんとリアちゃんは進むために選んだ。コノハちゃんも触発されると思うナ☆」


 神さまは未来を視ない。だが、数多の人を観察してきたカシスの行動予想は、ほぼ確実に的中する。

 コルドであっても解せないシオンとリアの行動はコノハにとって衝撃そのもの。重ねて軽々しく神さまが現れれば、大半の悩みは頭からすっぽ抜けてしまうだろう。

 人の行動を完璧に読むなんてできるのか。疑問に思うのは当然。だが、カシスは神さま――人類とは種族としての枠組みが異なる存在。自分たちの常識が全て当てはまる筈がない。


「……聞きそびれたんで、今いいですか?」

「なんなりと☆」

「敵の素性が知れないにしろ、クロバの一件があった以上あちらが犯罪者であるのは確定しました。それに……」

「クロバくんから聞いた話?」

「……ええ」


 頷くコルドが想起したのは、クロバが残した言葉。


「――――『落とし子』だそうです」

「あちゃー……そう来たか」

「ハッキリ言って、バラせませんよね」


 カシスは少し考えて、頷く。


「彼らの習性、そして身体的特徴……特にシオンくんには明かせないかナ」

「……神さま」

「わかってるよ。……ただ、ボクにも約束があるからネ。そこは信頼してるコルドくんにも話せない。確約できるのは、ボクはシオンくんの味方であり、間違いなくキミたちの味方だというコトさ」


 嘘はひとつもない。事実、神さまは人類の味方だ。

 それでも、コルドは不安だった。

『落とし子』――――正式名称、イリアスの落とし子。

 神さまですら警戒する存在が敵だと明らかにされてしまったのだから。

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