第28話 一級冒険者

「シオン……え!? シオン!? なんでアンタここに――」


 シオンの存在に驚愕きょうがくし、釘付けのメリアにキラーリザードが迫る。ガパリと開いた口はのこのような毒牙がびっしりと並ぶ致死の武器。喰いつかれればただでは済まない。

 コノハが危ない、と口を開きかけたが、


「邪魔だしッ!」


 振り向きもせず、後ろ手に振るわれたむちが首筋を的確に殴打してモンスターの意識を刈り取った。そんな事は歯牙しがにも掛けず、もやもやとした気持ちを前面に押し出してメリアがえる。


「あーもう! 後でたっぷり話聞くかんね!」


 犬耳の先ときつい視線を敵に向けるメリアは「アンタも起きるし!」と地面に突き立つ体の腹部を思い切り蹴飛ばし、のように頭を地面ごと上げさせた。


「ぶほぁ! あー楽しかったー!」


 濛々もうもうとした土埃の中で明朗に言い放つ青年を見て、まさか、と大体の予想がついていたシオンがやっぱり、とその名を呼ぶ。

 長さが不揃い過ぎる黄色の髪と、すそがボロボロの衣服は己が容姿への頓着とんちゃくの無さを示す。衝撃的な登場も、彼にとってはちょっとした遊び程度の認識であるとシオンは知っている。何せ彼は変わり者と有名な魔導士であり、シオンの師匠なのだから。


「ディナクさん!」

「ん? おーシオン! おひさだなー、何年振り?」

「一週間ほどです!」

「そだっけ? ところで楽しくってよー……あれ、何が楽しいんだっけ?」

「どうせ思い出せねぇんだから後にしろっての」


 静かに降り立つコルドが、耄碌もうろく老人のような言動をするディナクの頭を叩く。余裕を見せてシオンたちを落ち着かせるために、軽口も加えた。


「頭打たなくてもおかしいんだから、これ以上にはなるなよ?」

「おーわかってるぞ多分。多分な」

「ちょっとコルド! さっさとシオンたちを保護! そんでアタシの援護!」

「へーへー…………わーってますよ」


 面倒だと言わんばかりの風体だが、手のクロスボウは上空を向き、フロックファレーナを既に半数近く撃ち落としている。

 叱られる……とビクビクしているシオンとコノハ、毒に侵されつつも臆面おくめんのないリアを見下ろし、コルドは呆れたと言わんばかりに苦笑した。


「ったく……お前らも毎度、命の危機に首突っ込んでんな」

「ご、ごめんなさい……」

「そのっ……私の、せいというか……」

「ん……メシ食ってたらもうちょっと戦えた」

「ホント平常運転だな。ま、安心しろ。メリアは正真正銘の一級だ。俺にできるっつーと……」


 バッ、と大きく外套がいとうひるがえし、シオンたちを飛来する毒液から守る。返す一矢で的確にキラーリザードの眉間を撃ち抜くと、間髪入れずにやじり装填そうてんし、二発連射。メリアの射程範囲外にいるキラーリザードを爆散させた。


「ま、こんなモンだ」


 手が届かない――前衛にとって気が散るだけの敵を代わりに倒す。空間把握と射撃精度に優れるコルドが歯車となって障害を排除する事で、メリアが潤滑じゅんかつに攻撃を続けられる。

 やっている事はシオンたちの連携と同じだが、精度が比べ物にならない。メリア本人の実力もさることながら、コルドの援護は口頭指示を必要としないほど的確かつ迅速じんそくに脅威を撃ち抜く。

 シオンたちは圧倒された。これが本物の『冒険者』の戦いであると。


「フン、ないよりマシだから褒めとくし。だからって調子こかないでよね!」

「メリアサマのお褒めにあずかり光栄でごぜーまーす」

「ほんッと減らず口だし――ッ」


 次々に敵を討ち倒すメリアが一旦、鞭を収めてシオンたちの前まで後退する。森の声を聞いたコルドだけがその意味を理解していた。


「――まずいか?」

「まずくはないけどマジ面倒だし」


 うんざりとした様子のメリアだが、シオンたちの不安を煽らないようにという気遣いからか軽い調子で注釈ちゅうしゃくする。


「大丈夫だし。ちょっといっぱい来ただけだから」


 あっけらかんとした物言いだが、


「アァアアァア!」

「キシュルルル……」

「グルルルゥル」

「きゅー……」


 森の薄闇から這い出る影の数は明らかに『ちょっといっぱい』ではない。いま戦っていた数の倍以上は確実。コノハは見ただけで卒倒しかけた。


「コノハさん!?」

「ムリですぅ……あ、あんな数……どうすれば……」

「倒せない事もないけど……昨日の野宿で疲れてるからダルいし」

「んお、俺の出番を察知」


 と、地面に指で文字列めいた何かを描いていたディナクが顔を上げる。

 その時、リアとコノハは、シオンの顔がサァッと青くなるのを見た。メリアが露骨に顔をしかめ、コルドは頭痛に悩むように眉間を指で挟む。

 倒せない事はない。それは事実だが、時間がかかれば戦闘の音と匂いに釣られて更にモンスターが寄り付く可能性も高い。背後は崖。撤退にも時間がかかる。何より、早くシオンたちを安全な場所へ移動させてリアの治療に当たらせたい。

 頭を悩ませた末、コルドは苦虫にがむしを噛んだように口角を引きらせ、親指でモンスターの方向を指した。


「よーし、思いっきりやれ……!」


 博打ばくちの開始である。


「は!?」

「おー! っしゃー!」

「バカバカバカ!? シオンもいるのに信ッじらんない!」


 遊んでいいよ、と言われた子供のように青い目を輝かせて飛び上がったディナク。メリアが非難しようとも、こうなったら彼は止まらない。


「早く崖際へ寄れッ!」

「はい! リア、動ける? おんぶしようか!?」

「あ、歩けるぞ。なんか怖いぞシオン……」


 スキップでもしそうな魔導士に対し、コルドとシオンは避難誘導をする衛兵のように殺伐と動く。双方の温度差にポカンとするコノハへ、メリアが苛立いらだちを隠しもせずに注意をうながす。


「アンタもケガしたくないなら動くしッ!」

「は、はい!? シオンさんがこんなにも怯えるなんて、いったいどんな魔法が……」

「うし、決めた! 燃やすッ!」


 ニッと爽快そうかいに笑うディナクの全身に魔力が満ちた瞬間、シオンたちの背筋をゾッと熱い何かが撫でる。シオンだけは、それがディナクの桁違いな魔力による余波だと理解していた。

 ディナクは身も蓋もなく言うと素行がおかしい。だがその実、魔法の腕はまがう事なき一級品である。

 常人はもちろん、同業の魔導士と比べても規格外の素養。崖下にいるのがシオンだとすれば、ディナクはその崖の上、更に上の雲を足場に闊歩かっぽする者である。

 だが、普段からマイナス思考のシオンがそこにほのくらい嫉妬や諦念ていねんではなく、物語への自己投影にも似た昂揚こうようを覚えるのは、彼が誰よりも純粋に『魔法』を追い求めているからだろう。

 常識を魔法の供物にした。そう言われても信じてしまえるほど、ディナクは魔法に傾倒けいとうしているのだ。

 ジャラリ、鎖の音。重厚な鎖できつくベルトに結びつけられた魔導書が、赤熱する。


「『それは灼熱を喰らいしもの』」


 敵に向けてかざされたてのひらを中心に、同心円が空中に描かれた。円をなぞり、赤いマナが踊り狂うように文字列を刻む。魔導書が呼応するように光を強めた。

 そして強力な魔法の証左しょうさ、詠唱がつむがれる。


「『それ業火ごうかをも吞み干すもの』」


 能天気だった声は一転して、魔導士らしく怜悧れいりに魔力を精錬せいれんしていく。

 全員が固唾かたずを飲んで見守る中、間もなく魔力が臨界にたっした。


「『なんじ、悪逆を滅ぼす眼光。転輪の導きにより来たれ――……んあ?」


 まるで風船から空気が抜けたように気迫がゆるむ。


「ん?」

「止まり……ました?」

「やっぱりですか……?」

「「やっぱりだ……!!」」


 リアとコノハはポカンと首をかしげ、シオンは胸元に手を重ねておろおろと慌て、年長二人は案の定と項垂うなだれた。五人がそれぞれの反応を示す中、当の本人は何でもない事をド忘れしたように数秒ほど考えて、一人頷く。


「うん、忘れた!」

「「えー!?」」

「とりあえずなんかスゲーのいけェー!」


 ビッと勢いよく示された人差し指に従うがごとく、魔法陣が発光し――暴発。詠唱からも火であろうと予測される魔法陣が、なんと数十条もの雷を吐き出した。しかも、上下左右全方位に。


「ふぎゃぁああッ!?」

「わぶっ」


 当然、シオン達へも跳ねる雷霆らいていが迫り、鳥人族ハーピーの本能で雷に恐怖したコノハが真横にいたリアに抱き付く。


「ししししし死んでしまいますぅぅぅ!」

「落ち着くし。ここまでは届いてないから」

「へ……? あ、あれ、でもなんで……」

「コルドさんのおかげです……」


 シオンが指差す先にはコルドの外套が投げ捨てられており、それがシオン達へ向かう雷の全てを一身に受けていた。身軽になったコルドが訊かれる前に説明を始める。


「俺も装備だけは特別製なんでな。あれは微弱だが、魔力を寄せ集める性質がある素材でんでるんだと」

「魔力ですか……? 狙撃手のコルドさんに魔力なんて……」

「俺のボルトは魔力生成だから多少は入用にもなる。それに、まぁ……あのバカの魔法にはデコイが必須でな……」


 ああ……とコノハは心労の強いコルドの横顔に合掌がっしょうしつつ納得した。なるほど、これが日常に含まれるのなら、自衛手段のひとつやふたつ、持たねばやってられない。


「まあ、雷はかなりマシな部類だし。火だと外套アレ消し炭になるし、爆発だとホントに防ぎようないもん」

「そうなってたら俺が盾になっていつも通り壁にり込むだけさ……」

「ひェ……」


 一瞬にして目が死んだコルドの苦労に同調し、キュッと抱きしめる力が強まる。その細腕の中で薄い柔らかさに顔をうずめられているリアが苦しげにうめく。


「ほのふぁ、ふるひい……」

「あっ! ごめんなさい!」

「おーい! 終わったっぽいぞー!」


 自身も感電して白煙を上げているディナクが大手を振って帰還する。その背後は局所で竜巻と火事が同時に巻き起こったように凄絶せいぜつな有様になっていた。もちろん、モンスターどころかありの子一匹見当たらない。

 地面に頭から突き刺さり、起き上がるために腹を蹴られ、ここまでの雷を浴びても平然としている……魔導士というか人間にあるまじき異常な耐久力にコノハは畏怖いふすら感じた。そもそも、シオンが怪我に反応しない時点でこれが彼の日常であり、本当に無傷なのだと証明されている。


「許可したのは俺だが、いつも通りやり過ぎだこのバカ……ギルドに森林破壊云々うんぬんでまたどやされる……!」

「ホンットバカ! シオンが巻き込まれたらどうするつもり!?」

「わりーわりー。あー、楽しかった!」

「反省しろしッ!」


 尻尾が高く上がりキーキーと怒るメリア、それを意に介さず魔法の余韻よいんに笑うディナク、それをなだめつつもギルドへの報告に頭を悩ますコルド。コルドへの負担がかたより過ぎている気はするが、ある意味バランスの良いチームに思える。

 そんな三人を前に若輩じゃくはい二人は実力差という言葉すら似合わないほど高い壁に呆然とするばかりだった。リアだけが何と比べる事もなく感心し、素直に賞賛の意で目を輝かせている。


「と……とりあえずこの光景を一枚……」

「なーなーシオン。コルドの仲間、スゲーな! あいちち……」

「あっ、ごめんねリア。すぐに処置するから」


 シオンが包帯束を二つ取り出し、片方を毒をぬぐうために使用する。顔にあとが残るのでは、と気がかりだったが、拭き取ると綺麗な玉肌が健在でほっと愁眉しゅうびを開く。この様子なら、他の傷も無事に治りそうだ。

 惨状を収めた写真を早速現像したコノハは、黒焦げた木々と晴天のコントラストが意外と絵になっていると驚く。


「これは中々……何枚か撮って、こっちも神さまに提出してみましょうか……」


 ビュッと空中から俯瞰ふかんで一枚撮り、そこからいいアングルを探して飛び回り始めた。さっきまでのビビりようからの切り替えは流石である。

 しかし、ここでゆっくりしていてはディナクの魔法に賭けた意味がない。コルドがパンパンと手を打ち、場を仕切る。


「さっさと街に戻るぞ。こいつらの報告も済ませねぇと……」

「その前にせめてご飯! ノーラインっしょ!」

「俺らの代わりにコルドが神さまに報告しとけばいいだろー」

「いい訳ねぇだろブッ飛ばすぞテメェ」


 早速の脱線に不機嫌そうなコルドが、崖の上に目を向けた。どこに足を掛けてどう登るか、という下見の意味もあるが、それ以上に気になる存在がひとつ。


(ずっと見てやがるな……)


 気付いたのはシオンたちと合流してすぐ。ぼそり、とモンスターの息遣いや逃げ出す小動物の狂騒に混じって偶然耳に入ったのだ。低くハスキーで、緊張がほどけたような独り言が。


――よかったぁ……


(よかった、ねぇ……あの瞬間移動野郎だとすれば、そんな言葉が出るとは思えねぇ。邪魔立てするでもなく、参戦するでもなく、ただ監視しているような状態……まあ、予想が付かねぇってワケでもねぇが)


 ちらり、と写真撮影に熱中するコノハを流し見る。ディナクの魔法暴発時にその方面から聴いた不自然な音を、コルドはこう分析した。

 コノハの悲鳴に呼応して思わず広がったが、かさかさと葉に触れながらそっとたたまれる音、と。

 だが、まだまだ憶測おくそくの域を出ない。警戒しつつ、レノワールへ。


「その……どうしますか、コルドさん」

「ん、ああ……俺がシオンを、メリアがリアを背負って登る。ディナクとコノハは自力で行けるからな」

「えー、アタシがやんのー?」

「ポーションは飲ませましたけど、少しの間は安静が望ましいんです。お願いします、メリアさん」

「……わかったし」


 シオンに言われてはしょうがない、とばかりに犬耳を横に倒したメリアがリアの膝裏と背中に手を添え、抱え上げる。


「勘違いすんなし。これはシオンに頼まれたからやってんだからね」

「ん、わかった。ありがとな」

「……ふーん、お礼はちゃんと言えるんだ。アタシはメリア。アンタ、フルネームは?」

「名前はリアだぞ?」

「りょ。……けっこう綺麗な顔してるじゃん。よろしくね、リア」

「ん!」


 ニッと笑ったリアを見た瞬間、メリアが眉をピクッと動かす。動作はそれだけだが、コルドとシオンの目には『ズキュンッ!』と心を撃ち抜かれた瞬間が見えた。横抱きされるリアには見えないが、不満げだった犬耳はピンと立ち、ふさふさの尻尾がピュンピュンと揺れている。


「あー……お眼鏡に適ったか」

「みたいですね……あはは……」

「こっ、コルドさん! ディナクさんが逆方向に歩き出してます!」


 コノハが指差す先に「歩いてりゃそのうち着くだろー!」と遠退とおのく声がある。


「テメェはいいかげん方角と遭難の怖さを憶えやがれバカがッ!」


 レノワールへの道案内、周辺の索敵、腰にはとっ捕まえて迷子防止にとひも付けされた仲間バカという重り、そして謎の監視者の動向を常に把握。伝える必要はない。口に出せば相手もこちらが気づいていると宣言しているも同義だ。

 正体不明を自分の内に秘め、無駄な張り詰めをおくびも出さずに、シオンたちをレノワールまで無事に送り届ける……コルドは唇の端から気を吐く。

 苦労人の狩人は今日も水面下で皆の安全を守るのだった。

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