第28話 一級冒険者
「シオン……え!? シオン!? なんでアンタここに――」
シオンの存在に
コノハが危ない、と口を開きかけたが、
「邪魔だしッ!」
振り向きもせず、後ろ手に振るわれた
「あーもう! 後でたっぷり話聞くかんね!」
犬耳の先ときつい視線を敵に向けるメリアは「アンタも起きるし!」と地面に突き立つ体の腹部を思い切り蹴飛ばし、てこのように頭を地面ごと上げさせた。
「ぶほぁ! あー楽しかったー!」
長さが不揃い過ぎる黄色の髪と、
「ディナクさん!」
「ん? おーシオン! おひさだなー、何年振り?」
「一週間ほどです!」
「そだっけ? ところで楽しくってよー……あれ、何が楽しいんだっけ?」
「どうせ思い出せねぇんだから後にしろっての」
静かに降り立つコルドが、
「頭打たなくてもおかしいんだから、これ以上にはなるなよ?」
「おーわかってるぞ多分。多分な」
「ちょっとコルド! さっさとシオンたちを保護! そんでアタシの援護!」
「へーへー…………わーってますよ」
面倒だと言わんばかりの風体だが、手のクロスボウは上空を向き、フロックファレーナを既に半数近く撃ち落としている。
叱られる……とビクビクしているシオンとコノハ、毒に侵されつつも
「ったく……お前らも毎度、命の危機に首突っ込んでんな」
「ご、ごめんなさい……」
「そのっ……私の、せいというか……」
「ん……メシ食ってたらもうちょっと戦えた」
「ホント平常運転だな。ま、安心しろ。メリアは正真正銘の一級だ。俺にできるっつーと……」
バッ、と大きく
「ま、こんなモンだ」
手が届かない――前衛にとって気が散るだけの敵を代わりに倒す。空間把握と射撃精度に優れるコルドが歯車となって障害を排除する事で、メリアが
やっている事はシオンたちの連携と同じだが、精度が比べ物にならない。メリア本人の実力もさることながら、コルドの援護は口頭指示を必要としないほど的確かつ
シオンたちは圧倒された。これが本物の『冒険者』の戦いであると。
「フン、ないよりマシだから褒めとくし。だからって調子こかないでよね!」
「メリアサマのお褒めに
「ほんッと減らず口だし――ッ」
次々に敵を討ち倒すメリアが一旦、鞭を収めてシオンたちの前まで後退する。森の声を聞いたコルドだけがその意味を理解していた。
「――まずいか?」
「まずくはないけどマジ面倒だし」
うんざりとした様子のメリアだが、シオンたちの不安を煽らないようにという気遣いからか軽い調子で
「大丈夫だし。ちょっといっぱい来ただけだから」
あっけらかんとした物言いだが、
「アァアアァア!」
「キシュルルル……」
「グルルルゥル」
「きゅー……」
森の薄闇から這い出る影の数は明らかに『ちょっといっぱい』ではない。いま戦っていた数の倍以上は確実。コノハは見ただけで卒倒しかけた。
「コノハさん!?」
「ムリですぅ……あ、あんな数……どうすれば……」
「倒せない事もないけど……昨日の野宿で疲れてるからダルいし」
「んお、俺の出番を察知」
と、地面に指で文字列めいた何かを描いていたディナクが顔を上げる。
その時、リアとコノハは、シオンの顔がサァッと青くなるのを見た。メリアが露骨に顔をしかめ、コルドは頭痛に悩むように眉間を指で挟む。
倒せない事はない。それは事実だが、時間がかかれば戦闘の音と匂いに釣られて更にモンスターが寄り付く可能性も高い。背後は崖。撤退にも時間がかかる。何より、早くシオンたちを安全な場所へ移動させてリアの治療に当たらせたい。
頭を悩ませた末、コルドは
「よーし、思いっきりやれ……!」
「は!?」
「おー! っしゃー!」
「バカバカバカ!? シオンもいるのに信ッじらんない!」
遊んでいいよ、と言われた子供のように青い目を輝かせて飛び上がったディナク。メリアが非難しようとも、こうなったら彼は止まらない。
「早く崖際へ寄れッ!」
「はい! リア、動ける? おんぶしようか!?」
「あ、歩けるぞ。なんか怖いぞシオン……」
スキップでもしそうな魔導士に対し、コルドとシオンは避難誘導をする衛兵のように殺伐と動く。双方の温度差にポカンとするコノハへ、メリアが
「アンタもケガしたくないなら動くしッ!」
「は、はい!? シオンさんがこんなにも怯えるなんて、いったいどんな魔法が……」
「うし、決めた! 燃やすッ!」
ニッと
ディナクは身も蓋もなく言うと素行がおかしい。だがその実、魔法の腕は
常人はもちろん、同業の魔導士と比べても規格外の素養。崖下にいるのがシオンだとすれば、ディナクはその崖の上、更に上の雲を足場に
だが、普段からマイナス思考のシオンがそこに
常識を魔法の供物にした。そう言われても信じてしまえるほど、ディナクは魔法に
ジャラリ、鎖の音。重厚な鎖できつくベルトに結びつけられた魔導書が、赤熱する。
「『
敵に向けてかざされた
そして強力な魔法の
「『
能天気だった声は一転して、魔導士らしく
全員が
「『
まるで風船から空気が抜けたように気迫が
「ん?」
「止まり……ました?」
「やっぱりですか……?」
「「やっぱりだ……!!」」
リアとコノハはポカンと首を
「うん、忘れた!」
「「えー!?」」
「とりあえずなんかスゲーのいけェー!」
ビッと勢いよく示された人差し指に従うが
「ふぎゃぁああッ!?」
「わぶっ」
当然、シオン達へも跳ねる
「ししししし死んでしまいますぅぅぅ!」
「落ち着くし。ここまでは届いてないから」
「へ……? あ、あれ、でもなんで……」
「コルドさんのおかげです……」
シオンが指差す先にはコルドの外套が投げ捨てられており、それがシオン達へ向かう雷の全てを一身に受けていた。身軽になったコルドが訊かれる前に説明を始める。
「俺も装備だけは特別製なんでな。あれは微弱だが、魔力を寄せ集める性質がある素材で
「魔力ですか……? 狙撃手のコルドさんに魔力なんて……」
「俺の
ああ……とコノハは心労の強いコルドの横顔に
「まあ、雷はかなりマシな部類だし。火だと
「そうなってたら俺が盾になっていつも通り壁に
「ひェ……」
一瞬にして目が死んだコルドの苦労に同調し、キュッと抱きしめる力が強まる。その細腕の中で薄い柔らかさに顔を
「ほのふぁ、ふるひい……」
「あっ! ごめんなさい!」
「おーい! 終わったっぽいぞー!」
自身も感電して白煙を上げているディナクが大手を振って帰還する。その背後は局所で竜巻と火事が同時に巻き起こったように
地面に頭から突き刺さり、起き上がるために腹を蹴られ、ここまでの雷を浴びても平然としている……魔導士というか人間にあるまじき異常な耐久力にコノハは
「許可したのは俺だが、いつも通りやり過ぎだこのバカ……ギルドに森林破壊
「ホンットバカ! シオンが巻き込まれたらどうするつもり!?」
「わりーわりー。あー、楽しかった!」
「反省しろしッ!」
尻尾が高く上がりキーキーと怒るメリア、それを意に介さず魔法の
そんな三人を前に
「と……とりあえずこの光景を一枚……」
「なーなーシオン。コルドの仲間、スゲーな! あ
「あっ、ごめんねリア。すぐに処置するから」
シオンが包帯束を二つ取り出し、片方を毒を
惨状を収めた写真を早速現像したコノハは、黒焦げた木々と晴天のコントラストが意外と絵になっていると驚く。
「これは中々……何枚か撮って、こっちも神さまに提出してみましょうか……」
ビュッと空中から
しかし、ここでゆっくりしていてはディナクの魔法に賭けた意味がない。コルドがパンパンと手を打ち、場を仕切る。
「さっさと街に戻るぞ。こいつらの報告も済ませねぇと……」
「その前にせめてご飯! ノーラインっしょ!」
「俺らの代わりにコルドが神さまに報告しとけばいいだろー」
「いい訳ねぇだろブッ飛ばすぞテメェ」
早速の脱線に不機嫌そうなコルドが、崖の上に目を向けた。どこに足を掛けてどう登るか、という下見の意味もあるが、それ以上に気になる存在がひとつ。
(ずっと見てやがるな……)
気付いたのはシオンたちと合流してすぐ。ぼそり、とモンスターの息遣いや逃げ出す小動物の狂騒に混じって偶然耳に入ったのだ。低くハスキーで、緊張が
――よかったぁ……
(よかった、ねぇ……あの瞬間移動野郎だとすれば、そんな言葉が出るとは思えねぇ。邪魔立てするでもなく、参戦するでもなく、ただ監視しているような状態……まあ、予想が付かねぇってワケでもねぇが)
ちらり、と写真撮影に熱中するコノハを流し見る。ディナクの魔法暴発時にその方面から聴いた不自然な音を、コルドはこう分析した。
コノハの悲鳴に呼応して思わず広がった翼が、かさかさと葉に触れながらそっと
だが、まだまだ
「その……どうしますか、コルドさん」
「ん、ああ……俺がシオンを、メリアがリアを背負って登る。ディナクとコノハは自力で行けるからな」
「えー、アタシがやんのー?」
「ポーションは飲ませましたけど、少しの間は安静が望ましいんです。お願いします、メリアさん」
「……わかったし」
シオンに言われてはしょうがない、とばかりに犬耳を横に倒したメリアがリアの膝裏と背中に手を添え、抱え上げる。
「勘違いすんなし。これはシオンに頼まれたからやってんだからね」
「ん、わかった。ありがとな」
「……ふーん、お礼はちゃんと言えるんだ。アタシはメリア。アンタ、フルネームは?」
「名前はリアだぞ?」
「りょ。……けっこう綺麗な顔してるじゃん。よろしくね、リア」
「ん!」
ニッと笑ったリアを見た瞬間、メリアが眉をピクッと動かす。動作はそれだけだが、コルドとシオンの目には『ズキュンッ!』と心を撃ち抜かれた瞬間が見えた。横抱きされるリアには見えないが、不満げだった犬耳はピンと立ち、ふさふさの尻尾がピュンピュンと揺れている。
「あー……お眼鏡に適ったか」
「みたいですね……あはは……」
「こっ、コルドさん! ディナクさんが逆方向に歩き出してます!」
コノハが指差す先に「歩いてりゃそのうち着くだろー!」と
「テメェはいいかげん方角と遭難の怖さを憶えやがれバカがッ!」
レノワールへの道案内、周辺の索敵、腰にはとっ捕まえて迷子防止にと
正体不明を自分の内に秘め、無駄な張り詰めをおくびも出さずに、シオンたちをレノワールまで無事に送り届ける……コルドは唇の端から気を吐く。
苦労人の狩人は今日も水面下で皆の安全を守るのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます